
中国の宝飾市場を語るとき、金ジュエリーは「カテゴリーの一つ」ではなく、消費行動そのものを規定する“基準通貨”に近い存在だ。近年はダイヤモンドやファッションジュエリーも伸長してきたが、こと「買われ方」「贈られ方」「換金され方」において、金が占める重心は依然として圧倒的だ。世界的な金価格の上昇局面では、その性格がさらに先鋭化し、装飾需要と投資需要が互いに影響し合いながら市場を揺らしている。
「持つ理由」が最初から組み込まれている社会
中国における金の価値は、「高いから価値がある」という単純なロジックでは説明できない。金は古来より、富・繁栄・吉祥(縁起)を象徴する色とされ、祝祭・人生儀礼・家族資産の単位として長く機能してきた。つまり家族の安全と繁栄を守る実用品でもあった。
象徴的なのが婚礼だ。地域差はあるものの、結婚に際し金製品を贈る慣行(いわゆる“三金”=リング、ネックレス、イヤリング等の組み合わせ)は、祝福の「形ある継承」として理解されやすい。加えてこれは、夫婦が将来直面するかもしれない不確実性に対する「具体的な備え」を共有する行為でもある。親世代が娘に金を持たせるのは、祝福と同時に「困ったらこれを使いなさい」という無言のメッセージでもある。
重要なのは、この意識が都市部の若年層にも完全には失われていない点だ。形式は変わっても、「金はいざという時に残るもの」という前提が、消費者心理の深層に今も生きている。この文化的土台が、近年の「国潮(自国文化回帰)」や、伝統意匠の再解釈を伴う金ジュエリーのブームと極めて相性が良い。ブランド側が“文化資本”を商品価値に変換しやすい市場なのだ。
市場規模の大きさを生む「回転」という発想
中国の金市場の規模を語る際、単純な年間販売額だけでは実態を捉えきれない。中国では金は「売って終わり」ではなく、「回して使う」ものだからだ。上海黄金交易所を中心とした国内金流通量は、宝飾・投資・産業用途を横断して膨大な量に達している。ここで重要なのは、金が一度消費者の手に渡っても、再び市場に戻り得るという前提が社会的に共有されている点だ。
例えば、結婚時に購入した金ジュエリーが、数年後に子どもの教育費や住宅購入の頭金に転用される。その後、生活が安定すれば再び別の形の金製品として買い直される。この「循環」を前提にした市場構造こそが、中国の金市場を巨大かつしなやかなものにしている。
金価格高騰が生んだ「買わない」ではなく「選び直す」行動
世界的な金価格上昇は、当然ながらジュエリー購入量を圧迫する。世界金協会(WGC)を引用した報道では、2025年は高価格がジュエリー需要を抑制し、中国のジュエリー需要(量)が大きく落ち込んだ旨が伝えられている。
一方で、中国市場の特徴は「量(グラム)が落ちても、金額(元)が落ちにくい」点にある。WGCの消費者調査では、2025年Q1の金ジュエリー支出がRMB840億元に達したとされ、価格上昇下でも買う人は買う構造が確認できる。また、中国の報道では、2025年の金ジュエリー需要は360トンへ減少する一方、支出額は2,814億元へ増加とされており、「数量調整・金額維持(または増)」の局面であると言える。
このように中国では価格が上がったからといって、金から完全に離れる消費者は少ない。代わりに起きているのは、「買い方」の再設計だ。例えば、以前は50グラムのバングルを購入していた層が、同じ予算で20グラムの意匠性の高い古法金バングルを選ぶ。重量は減っても、満足度と意味は増す。また、新規購入を控える一方で、手持ちの金製品を活用する動きが活発化している。
中国の金市場は「景気が悪いと金を買い、金が高いと金を売る」だけではなく、景気が悪いと金を“身につけて”安心し、金が高いと金を“入れ替えて”楽しむところまで進化している。金が“趣味”と“保険”を兼ね始めたわけだ。
「売る」ではなく「生まれ変わらせる」金
中国市場を特徴づける行動として、下取りや換金だけでなく、再加工という選択肢が一般化している点は特筆すべき点だ。
前述の通り、中国では人生の節目で様々な人から金が贈られる習慣がある。そのためチャームやペンダントなど様々な金製品を持っている中国人は少なくない。普段からそれらを身につけているわけではないが、それら複数の金製品を店頭に持ち込み、その場で溶かし直し、一本のバングルや新しいリングへ作り替えるといったことも中国では珍しくない。このとき重要なのは「金の価値が維持される」だけではない。祖母から譲られたチャーム、結婚式で贈られたネックレスといった思い入れのある金が、そのまま形を変えて現在の自分の生活にフィットする存在として残るのだ。これは単なるリフォームではない。記憶の編集であり、世代を超えた物語の再構築である。この感覚がある限り、金は価格が上がっても「遠い存在」にはならない。
主要プレイヤーに見る戦略の違い
中国の金ジュエリー市場は、明確な二層構造を形成している。
一つは全国規模で流通量を支える巨大チェーンだ。周大福、六福、老鳳祥、そして老庙といった企業は、金価格変動の中でも安定した供給と回転を維持する役割を担っている。
これらの企業は、グラム価格の透明性、下取り制度、キャンペーン設計などを通じて、「買っても損をしない」という安心感を提供する。一方で、過度な価格競争や同質化に直面しているのも事実である。
もう一つの層は、量ではなく意味で勝負するブランド群である。老铺黄金に代表される、伝統工芸、古法金、文化的モチーフを前面に出し、地金価格を超える単価を正当化する。景気減速下でも支持される理由は明快で、消費者が「これは価格ではなく物語を買っている」と納得できるからである。
イタ金・IPコラボが示す世代交代の兆し
近年、中国市場で急速に存在感を増しているのが、IPコラボレーション型の金製品、いわゆる「イタ金」である。
アニメ、ゲーム、伝統文化IP、キャラクターとのコラボは、金という素材を「古いもの」から「自分の世界観を表現する媒体」へと変換する。その範囲は広く、日本IPであるガンダム、聖闘士星矢から、中国IPである崩壊スターレイルとのコラボなど様々だ。
ここで興味深いのは、IPコラボが金の資産性を否定していない点だ。若年層は「どうせ買うなら、意味があって、いざという時に残るもの」を選ぶ。結果として、軽量・高単価でも納得感のある商品が成立し、金ジュエリーの裾野が広がっている。
消費者の価値観は「コスパ」ではなく「設計」
中国の金ジュエリー消費者を動かしているのは、単純な価格比較ではない。「安心」、「物語」、「自己決定」、この三つが重なったところに購買が成立する。
不動産市場への不信感が高まる中、金は「目に見える安全資産」として再評価されている。同時に、贈与やセルフギフトとしての情緒的価値も維持されている。重要なのは、消費者が「買うか買わないか」ではなく、「どう持つか」「どう残すか」を考えながら選んでいる点である。
中国で金ジュエリーを買う体験は、日本の宝飾店とは作法が異なる。ここがわからないと市場理解が難しいだろう。
・基本は『グラム × 当日価格』
多くの販売現場で、地金価格をベースに重量で計算される。そこに加工賃やブランドプレミアムが乗る。(つまり、基本的に全ての商品はグラム重量が記載されている)
・下取り・交換が購買導線に組み込まれている
旧品を持ち込み、差額で新作へ「乗り換える」行動が一般的で、高値局面ほど顕在化しやすい。
・買う場所が多層:百貨店・路面・モール・EC・ライブ
ライブコマースは、価格説明と商品理解を同時に行えるため強い。
この購買体験は、例えるなら「ジュエリーの購買行動だが、為替取引の雰囲気」とも言える。店員の説明が、時に販売というより市況解説に近づく点も興味深い。
日本市場との決定的な断絶点
日本市場との最大の違いは、出口設計の有無だ。日本ではジュエリーは完成品として消費され、購入後の選択肢が可視化されにくい。一方、中国では買い替え、下取り、再加工が前提として存在し、金は常に「流動的な価値」として扱われる。
また、品位の違いも無視できない。中国では足金と呼ばれる24Kを中心とした高品位金が主流であるのに対し、日本では18K以下が中心であり、地金価値が消費者の意識に入りにくい。
日本市場にとっての可能性
中国市場の構造をそのまま日本に持ち込むことは難しいだろう。金ジュエリーを金融商品化する必要はないが、重量や地金価値の説明、将来の選択肢を提示するだけで、消費者の安心感は大きく変わる。日本市場は情緒価値を重視するからこそ、そこに「持ち続けられる理由」を加えることで、新しい市場性が生まれる余地がある。
中国の金ジュエリー市場は、装飾・資産・記憶が同時に機能する稀有な市場だ。価格が上がっても消えない理由は、金が単なるモノではなく、人生の編集装置として扱われているからだ。
日本市場が金ジュエリーの未来を考えるとき、中国は「追うべきトレンド」ではなく、「価値の設計図」を提供している。金は高いから売れないのではない。高い時代にこそ、持つ理由を語れるかどうかが問われている。



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