
「宝飾産地」甲府で起きた摘発と、業界が抱える構造課題
山梨県甲府市内の工場で高級アクセサリーブランド「クロムハーツ」の偽リングを製造・販売していた疑いが浮上し、笛吹市の夫婦が商標法違反(販売目的所持)容疑で逮捕された。警察は、同様の偽物を約3年前から販売し、売上が約1億円に上る可能性があるとみて捜査している。
日本最大の宝飾産地・甲府で起きた事件に、いまのジュエリー産業が抱える根本問題が凝縮されている。
工場で製造し、ネットで流通した疑い
報道および警察発表ベースで整理すると、逮捕容疑は2025年9月に偽の指輪9個を販売目的で所持していたというものだ。工場では偽物の製造・販売が行われていたとみられ、工場で働いていたフィリピン国籍の男性3人が書類送検されたとも報じられている。発端は捜査員がインターネット上の販売情報から不審な指輪を発見したことだという。
さらに、関係者が「金の高騰で経営が困難になり、従業員を食べさせるためにやむを得ず」と説明した旨も伝えられた。ただしこれは「動機の一部」として語られているに過ぎず、正当化にはならない。地域の老舗宝飾関係者からは、甲府の宝飾ブランドを傷つける行為だとして強い非難の声が出ているという。
商標侵害は「割に合う」犯罪ではない
商標権侵害を含む知的財産権侵害は、故意であれば刑事罰の対象となり得る。特許庁の整理では、原則として10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金(併科あり)という枠組みが示されている。さらに、被害ブランド側からの民事上の請求(差止・損害賠償等)も現実的に起こり得る。偽造販売は「バレなければ儲かる」類いの話ではなく、発覚後の損失が極めて大きい。
背景①:地金高騰が“合法ビジネス”を圧迫し、誘惑を強める
国内指標として参照されやすい田中貴金属の店頭小売価格では、2026年2月4日17:00公表で1gあたり28,305円が示されている。金価格はここ数年、地政学リスクや為替要因も重なって上昇局面が続き、宝飾の原価構造を直撃してきた。
ここで問題なのは、単に「原価が上がって苦しい」では終わらない点だ。
- 地金が上がるほど、「材料代を削りたい圧力」がサプライチェーン全体にかかる
- それでも店頭価格を上げづらい局面では、粗利が潰れ、資金繰りが悪化しやすい
- 結果として、真面目な事業者ほど追い込まれ、「短期で現金化できる違法行為」への誘惑が相対的に強まる
もちろん違法行為は論外だが、産地としては「倫理の問題」だけでなく、価格高騰がもたらす歪みを直視しないと再発防止にならない。
背景②:ネット販売の拡大が“流通の抜け穴”を作っている
本件は、捜査の端緒がネット上の販売情報だったとされる。つまり、製造現場の問題と同時に、流通(プラットフォーム)側の構造問題でもある。
さらに、模倣品の流通は国内外で増勢が続く。財務省が公表した令和6年(2024年)の税関差止状況では、偽ブランド品などの輸入差止件数が33,019件で過去最多、差止点数は約129万点に上る。水際でこれだけ止めても、ネット流通と小口配送の拡大で、消費者の手元に届くリスクは残り続ける。
背景③:産地ブランドの“信用コスト”が見落とされている
甲府は宝飾加工の日本最大の集積地として知られ、長年の技術と信頼で産地価値を築いてきた。そこで偽物製造が行われた疑いが報じられたこと自体が、産地にとっては大きな痛手だ。
- 産地ブランドの毀損は、個社の問題を超えて以下を引き起こす。
- B2B取引の与信低下(新規取引のハードル上昇、監査コスト増)
- 人材採用・技能継承の阻害(「産地で働く誇り」が損なわれる)
- 海外含む顧客からの産地全体への疑念(個別企業の不祥事が地域に波及)
つまり、偽物事件は「摘発された事業者が悪い」で終わらせると、産地全体が長期的な損失を背負う。
この事件が内包する根本問題:価格・流通・ガバナンスの三重苦
本件が示す根本問題は、大きく言えば次の三つの重なりだ。
- 原価高騰(地金)で合法ビジネスの採算が崩れやすい
- ネット流通が、真贋確認を置き去りにしたまま拡大している
- 小規模事業者のガバナンスとコンプライアンス投資が後回しになりがち
この三点が同時に進むと、「作る側」「売る側」「買う側」それぞれの合理性が、結果的に模倣品の温床を拡大させる。
「売れたら勝ち」のゲームに乗る限り、模倣品の誘惑は消えない。産地と業界が守るべきは、価格ではなく信用の複利だ。



コメント