
近年、物価の上昇や円安、さらには不安定な国際情勢を背景に、一般消費者の間でも「資産防衛」への関心が高まっている。その中で、ジュエリーに対する資産価値という観点が注目されることもある。しかし、果たしてジュエリーは「資産」としての役割を果たし得るのだろうか。
資産価値とは何か?
まず「資産価値」という言葉の定義を確認しておきたい。一般に資産価値とは、所有することによって将来的に現金化できる価値、あるいは保有し続けることによって経済的利益をもたらす価値のことを指す。不動産、株式、金(ゴールド)などは典型的な「資産」として認識されており、一定の市場流通性があり、価値の根拠となる需給や相場が存在する。
では、ジュエリーはどうか。確かにジュエリーの中には高額なものも多く、一見「資産」として機能するように思える。しかし、それが本当に資産として通用するかどうかは、素材の価値、市場流通性、ブランド性、保存状態など、多くの要素に左右される。
消費者が抱くジュエリーの資産イメージ
「ダイヤモンドは資産になる」「金のジュエリーは値上がりする」―このようなイメージは、消費者の間に根強く存在している。特に婚約指輪や記念ジュエリーといった人生の節目で購入される製品については、「将来売却できるかもしれない」といった“保険的な期待”がつきまとう。
だがこの認識には、明確なギャップが存在する。高額で販売されているジュエリーの多くは、素材価格に加えてブランドバリューやデザイン費、人件費、流通コストなどが含まれており、その多くが購入と同時に「価値の減少」を免れない。
小売現場における“資産価値”の誤った利用
ジュエリー販売の現場では、「資産性がある」といった言葉が販売トークとして多用されてきた。とりわけ天然ダイヤモンドについては、「一生使える」「価値が下がらない」「将来も換金できる」といったフレーズが使われることがある。
近年では、ラボグロウンダイヤモンド(以下LGD)の台頭により、天然ダイヤモンドの優位性を強調する文脈で「資産価値があるのは天然だけ」といった表現が見られるようになった。確かにLGDには換金性がほぼ存在せず、現在の中古市場では買い取られないケースも多い。しかし、それと比較して天然ダイヤモンドに「資産価値がある」と断言するのも、また誤りだ。
実際には、天然ダイヤモンドであっても一般消費者が購入するような1ct未満のクラスで資産性を担保するのは困難であり、売却時には大きく価格が落ちる。また、カラット数やカラー、クラリティなどの「4C」がいかに高くても、それだけで“資産”にはなり得ない。
資産価値があるジュエリーと、そうではないジュエリーの差
市場で一定の資産価値を認められるジュエリーには、いくつかの条件がある。一つは、純金・純プラチナなどの高純度地金製品だ。価格が地金相場に連動しており、インゴットや重めの金製品には特に換金性がある。また、高品質な天然ダイヤモンド(特に3ct以上)も資産価値として機能する場合がある。ただし、信頼性の高い鑑定書付がついており、カラー・クラリティ・カットすべてが高水準のものになる。オークション市場で評価されているハイブランドのヴィンテージ品にも資産価値がある場合が多い。カルティエ、ヴァンクリーフ&アーペル、ハリー・ウィンストンなどの作品で、美術品的価値が認められる場合だ。
一方、ノンブランド、知名度の低いブランド品、ブランドでも一般的な商品、デザイン性重視のファッションジュエリー、1ct以下の天然ダイヤモンドを使用したジュエリー、LGDジュエリーなどには基本的に消費者が期待する意味での資産価値はほぼない。消費者は、こうした分類と市場評価の現実を知らないまま「ジュエリーは将来価値が残るもの」と誤認している場合が多い。
買取市場における現実─価値はどこまで下がるか?
では、実際に一般的なジュエリーを買取に出すとどの程度の金額になるのか。これはジュエリー業界にとっても“タブー視”されがちなテーマだが、消費者にとっては極めて重要な視点だ。
例えば、定価30万円のダイヤモンドリングを購入してすぐに買取店に持ち込んだ場合、買取価格は数万円にとどまることが多い。金やプラチナの地金価格が高騰している局面であっても、ブランドに特筆すべき価値がなければ素材価格以下の評価に留まるのが現実だ。買取業者は、再販可能性、在庫リスク、手数料などを見込んで価格を査定するため、購入価格と比較して大幅な目減りは避けられない。
このような現実を踏まえれば、「資産価値がありますよ」といった販売トークは極めて無責任だ。現金化可能な資産として期待してジュエリーを購入した顧客が、売却時にそのギャップに失望し、業界全体への不信につながるリスクは極めて高い。
中国市場との比較―“資産ジュエリー”が根付く文化
中国やインド、中東などの市場では、純金ジュエリーを「日常的に使える資産」として保有する文化が古くから存在している。たとえば中国では、結婚や出産祝いに「足金(99.9%以上の純金)」ジュエリーを贈る習慣があり、これは単なる装飾品ではなく、家族の富を守る“貯蓄手段”としての意味合いを持っている。
対して日本では地金ベースのジュエリーが資産的に保有される文化は根付いていない。その代わりに「感性」「個性」「ブランド性」が重視される傾向が強く、ジュエリーが資産性よりも“表現”の道具として存在しているのが現状だ。この価値観の違いも、日本のジュエリー市場が“資産価値”という視点で構造的に弱い理由のひとつでもある。
ジュエリーを「資産価値」で売ることの是非
結論として、ジュエリーは「資産」として保有するには極めて不安定な性質を持っている。ごく一部の例外を除き、一般的なジュエリーは購入時点で“使用価値”を有しており、“投資価値”を有しているわけではない。ゆえに、小売現場において「資産価値があります」といった訴求は、極めて慎重であるべきだ。短期的には販売成績の向上に寄与するかもしれないが、長期的には消費者との信頼関係を損ない、業界全体の健全性を揺るがしかねない。
本来、ジュエリーは身に着けることで生活に彩りを与え、記憶を刻むものだ。そこに「資産」というキーワードを持ち込むことは、ジュエリーが本来持つ情緒的価値を損なう可能性すらある。もちろん、素材そのものの価値が将来的に上がる可能性を否定するものではないが、それはあくまで“副次的”な価値であるべきだ。ジュエリーを資産として扱うならば、現物資産としての流動性や保全性、市場との連動性といった基本的なリスクを理解した上で、冷静に判断する必要がある。
“資産”より“愛着”を
資産価値の有無という問いに対し、ジュエリーは「一部にはあるが、全体としては限定的」というのが現実的な答えだろう。そしてその現実は、消費者が想像するそれとは大きな乖離があることが多い。ジュエリー業界としても、安易に“資産”という言葉を使うのではなく、むしろ「記憶に残る」「人生を彩る」といった本来の価値に光を当てることが求められている。ジュエリーの価値を再定義する上でも、消費者に対して誠実であることが、最終的にブランドや業界への信頼につながる道筋になるだろう。
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