ラボグロウンダイヤモンド市場、2032年に3倍規模へ – DMCCが成長を予測

ラボグロウンダイヤモンド(以下、LGD)の世界市場が2032年までに3倍に拡大する見通しだ。ドバイ・マルチ・コモディティーズ・センター(DMCC)が発表した最新調査によると、宝石品質および産業用途を含めたラボグロウンダイヤモンドの需要は、2032年には1,000億ドル(約15兆円)規模へと成長する可能性があるとされている。これは現時点での年間約300億ドル(約4兆5,000億円)に対し、三倍以上の成長だ。今後10年で10兆円以上の新たな市場が創出される計算となる。

この予測は、今月初旬にドバイで開催され、150名以上の世界のステークホルダーが一堂に会した「第2回ラボグロウンダイヤモンドシンポジウム」で公表された。単なる価格優位性による天然ダイヤモンドの代替という枠を超え、LGDがテクノロジーとライフスタイルの革新を牽引するキーマテリアルとして、その存在感を急速に増している現実を浮き彫りにした。

【スポンサー広告】

第1章:市場成長の二本柱 ― 宝飾需要の深化と産業利用の爆発

DMCCの予測する15兆円市場への道筋は、大きく二つの潮流によって形成される。一つは既存の宝飾市場におけるLGDのさらなる浸透、そしてもう一つが、これまで限定的であった産業利用分野での需要の爆発的な拡大である。

1-1. 宝飾市場におけるLGDの現在地と未来

現在、生産されるLGDの約80%は宝飾品質(ジェムクオリティ)であり、ジュエリー市場がLGDの主要な牽引役であることは論を俟たない。この背景には、消費者、特にミレニアル世代やZ世代の価値観の変化がある。彼らは、天然ダイヤモンドに比べて大幅に価格を抑えられるLGDの経済的合理性に加え、採掘に伴う環境負荷や人権問題を回避できる「エシカル」で「サステナブル」な選択肢としてLGDを積極的に評価している。

また、LGDの品質向上も目覚ましい。数年前までは色やクラリティに課題を抱えるものも散見されたが、近年の製造技術(CVD法、HPHT法)の成熟により、天然のトップクオリティに匹敵する、あるいはそれを凌駕する品質のLGDが安定的に供給可能となった。これにより、消費者は「安かろう悪かろう」という懸念から解放され、純粋にその美しさと価値でLGDを選べる環境が整いつつある。

さらに、LGDは大粒で高品質な石を手頃な価格で調達できるため、デザイナーの創造性を刺激する。これまでコストの制約から実現が難しかった大胆なデザインや、ファッションジュエリーの領域でふんだんにダイヤモンドライクな輝きを取り入れるといった新しい試みが活発化している。大手ブランドもこの潮流を無視できず、ハイブランドでの採用、スワロフスキーの「Created Diamonds」コレクションなど、LGD専門ブランドやラインの立ち上げが相次いでいることは、市場の信頼性と認知度を飛躍的に高める要因となっている。

1-2. 新たな巨大市場:産業利用のフロンティア

今回のDMCCの予測で特に注目すべきは、LGDの非宝飾分野での利用拡大である。DMCCのアーメド・ビン・スライエムCEOが「LGDは量子コンピューティングや半導体から航空宇宙、建設に至るまで、世界のイノベーションを推進している」と語るように、LGDの持つ卓越した物理的特性が、次世代技術のブレークスルーを実現する鍵として期待されているのだ。

  • 半導体分野: LGDは、現在主流のシリコン(Si)や炭化ケイ素(SiC)を凌駕する究極の半導体材料と目されている。極めて高い熱伝導率、広いバンドギャップ、高い絶縁破壊電界といった特性を持つダイヤモンド半導体は、電気自動車(EV)のパワーコントロールユニットや次世代通信規格「6G」の基地局、データセンターなど、高出力・高周波・高効率が求められる分野での応用が期待される。これが実現すれば、エネルギー効率の劇的な改善と機器の小型化が可能となり、その市場規模は計り知れない。
  • 量子技術分野: ダイヤモンド結晶中の窒素原子と隣接する空孔から成る「NVセンター」は、室温で安定して動作する量子ビット(量子情報の最小単位)として機能することが知られている。これを利用した超高感度センサーは、医療分野でのMRIの感度向上や、地中資源探査などへの応用が見込まれる。さらに、量子コンピュータの基盤技術としても研究が進んでおり、LGDはまさに未来のコンピューティングを支える根幹素材となり得る。
  • 光学・航空宇宙分野: LGDは可視光から赤外線まで幅広い波長域で高い透明性を持ち、硬度と熱伝導率にも優れるため、高出力レーザーの窓材や、過酷な環境下で使用されるセンサーの保護膜、宇宙機の部品など、極限性能が要求される分野での需要が高まっている。

これらのハイテク分野での需要が本格的に立ち上がれば、宝飾用とは比較にならない量のLGDが必要となる。その結果、現在80%を占める宝飾用途の割合は相対的に低下し、LGDは「ダイヤモンド」という宝石の枠組みから、「高性能カーボンマテリアル」という産業資材としての側面を強めていくことになるだろう。

第2章:異業種との融合 ― ファッション・ライフスタイルへの拡張

DMCCのレポートは、LGDが宝飾と産業という二元論に留まらない、第三の可能性を示唆している点も興味深い。それは、ファッションやライフスタイル製品への統合である。

報告によれば、一部の先進的なブランドは、サングラスのフレームやテンプル、高級スニーカーの装飾、スマートウォッチなどのウェアラブル端末、さらには家具やインテリア製品のアクセントとしてLGDを組み込む実験を開始しているという。

これは、LGDが単なる「天然ダイヤモンドの安価な代替品」ではなく、その輝き、硬度、そして「ラボで生み出された」というストーリー性自体が、新たな付加価値を持つユニークな素材として認識され始めたことを意味する。例えば、テクノロジーを前面に押し出したガジェットに、同じく最先端技術の結晶であるLGDをあしらうことは、製品コンセプトの統一感を高める。また、動物由来の素材を避けるヴィーガンレザーのバッグに、採掘を伴わないLGDを組み合わせることは、ブランドのサステナビリティに対する姿勢をより明確に訴求するだろう。

この動きは、LGDが「宝石」から「マテリアル」へとその概念を拡張し、異業種のデザイナーやクリエイターの感性を刺激する存在になっている証左である。ジュエリー業界は、この異業種からのラブコールが、LGDのブランドイメージや価値認識にどのような影響を与えるかを注視する必要がある。

第3章:供給網の再編と地政学的シフト

LGD市場の爆発的成長予測は、その生産と供給の構造にも劇的な変化を促している。従来の天然ダイヤモンド市場が、特定の産出国と研磨・加工国、そして一握りの巨大企業によって支配されてきたのに対し、LGDのサプライチェーンはより分散化し、テクノロジー主導の新たな地政学的力学を生み出しつつある。

3-1. 生産拠点のグローバルな拡散と技術覇権競争

LGDの生産は、本質的に高度な技術と安定したエネルギー供給を必要とする「テクノロジー産業」である。そのため、天然ダイヤモンドのように鉱山資源の有無に生産地が縛られることはない。この特性が、グローバルな生産拠点の拡散を可能にしている。

現在、世界のLGD生産を牽引しているのは、圧倒的な生産能力とコスト競争力を誇る中国とインドだ。特に中国は、安価な電力と政府の支援を背景に、産業用途も見据えたHPHT(高温高圧)法による大量生産で市場を席巻してきた。一方、インドは世界最大のダイヤモンド研磨・加工集積地であるスーラトのインフラを活用し、CVD(化学気相成長)法を中心に宝飾品質のLGD生産を急速に拡大。両国は、世界のLGD供給において支配的な地位を確立している。

しかし、この構図は永続的ではない。DMCCのシンポジウムでも指摘されたように、技術のコモディティ化が進む一方で、各国はLGDを戦略的物資と捉え始めており、自国内でのサプライチェーン構築に動き出している。

  • 米国の巻き返し: 米国は、半導体や量子技術といった国家安全保障に直結する分野でのLGDの重要性を認識し、国内生産能力の強化を急いでいる。豊富な技術シーズとベンチャーキャピタルに支えられたスタートアップが、独自のCVD技術で高品質なLGD生産に乗り出しており、アジアへの生産依存からの脱却を目指している。
  • 中東の新たなハブ戦略: ドバイ(UAE)は、DMCCを拠点に、LGDのトレーディングハブとしての地位を確立しようとしている。豊富な資金力と地理的優位性を活かし、生産者と消費地を結びつけるだけでなく、再生可能エネルギーを利用した「グリーンな」LGD生産拠点の誘致にも積極的だ。
  • 欧州の高品質・サステナブル路線: 欧州諸国は、量産ではアジアに劣るものの、徹底したトレーサビリティと再生可能エネルギーの利用を前面に押し出し、「サステナビリティ」という付加価値で差別化を図る戦略をとる。これにより、エシカル消費を重視するハイエンド市場でのニッチを狙う。

このように、LGDの生産は単なるコスト競争から、技術覇権、エネルギー政策、そしてサステナビリティといった要素が絡み合う多角的な競争へと移行している。今後10年で、新たな生産技術のブレークスルーや各国の政策次第で、生産国の勢力図は大きく変動する可能性がある。

3-2. サプライチェーンの透明性とトレーサビリティの課題

LGD市場の急成長は、新たな課題も浮き彫りにしている。その一つが、サプライチェーンの透明性とトレーサビリティの確保だ。

LGDの大きなセールスポイントの一つは、その「クリーンな出自」である。しかし、生産がグローバルに拡大するにつれ、「どこで、どのようなエネルギーを使って作られたのか」という情報が不透明になるリスクが高まっている。特に、石炭火力への依存度が高い地域で生産されたLGDは、環境負荷の観点から「本当にサステナブルなのか」という批判に晒されかねない。

また、天然ダイヤモンドとLGDを識別する技術は確立されているものの、流通の過程で両者が意図的あるいは偶発的に混入するリスクは依然として存在する。これが起これば、消費者からの信頼を根本から揺るがし、市場全体の健全な成長を阻害する恐れがある。

これに対し、業界はブロックチェーン技術などを活用したトレーサビリティシステムの導入を急いでいる。製品一つひとつに製造プロセス、使用エネルギー、認証情報などを記録し、消費者がそれを追跡できるようにする試みだ。デビアスグループの「Tracr」や、各認証機関による証明書の発行は、その代表例だ。

LGD市場が15兆円規模へと成長するためには、こうした技術的・制度的なインフラを整備し、「信頼」を醸成することが不可欠となる。生産技術の革新と並行して、サプライチェーンの透明性をいかに担保するかが、業界全体の成熟度を測る試金石となるだろう。LGDは、もはや単なる「ラボで作られた石」ではなく、その製造背景やストーリーを含めた「情報」そのものが価値を持つ時代に突入しているのである。

コメント

タイトルとURLをコピーしました