天然市場への逆風と、ラボグロウン推進の思惑

中国政府がダイヤモンド関連産業への税制優遇措置を撤廃する方針を固めた。これまで上海ダイヤモンド取引所(SDE)を通じて輸入される研磨済みダイヤモンドに対し適用されてきた付加価値税(VAT)の軽減措置が、2025年11月1日以降は通常税率に戻る見通しである。この決定は、天然ダイヤモンド市場に冷水を浴びせる一方で、中国国内のラボグロウンダイヤモンド加工業を後押しする可能性がある。
背景には、中国政府による税制全般の見直しがある。財政収入の伸び悩みと、税還付制度を活用した貿易スキームの複雑化を受け、輸出入優遇や還付制度が再検討されている。特に、原材料や貴金属、宝石といった高付加価値素材の分野では、「国家戦略的資源」としての側面も意識され、過度な国外流出を抑制する動きが強まっている。中国は10月にも人工ダイヤモンド(ラボグロウンダイヤモンド)粉末や単結晶などの輸出を許可制にすることを発表しており、今後は天然・人工を問わず、同国のダイヤモンド関連産業が国家管理の下に再編される可能性がある。
業界関係者の間では、このVAT優遇撤廃により、天然ダイヤモンドの輸入コストが上昇し、国内卸や小売価格にも影響が及ぶとの見方が広がっている。特に、これまで中国を経由して加工・研磨を行っていた国際的なサプライチェーンは、税負担の増加によって採算性を失う懸念がある。一方で、国内での研磨技術とインフラを活かし、ラボグロウンダイヤモンドの加工拠点としての競争力を高める動きも想定される。天然ダイヤモンドに対する優遇が縮小することで、政府は結果的に「人工(ラボグロウン)」への産業シフトを促しているとの指摘もある。
この動きは、中国国内のみにとどまらない影響を持つ。世界のダイヤモンド研磨産業は主にインドが大きな拠点とされてきたが、中国はここ数年、ラボグロウン分野を中心に研磨量を急増させている。今回の税制変更によって、中国が天然市場から一歩引く一方で、人工ダイヤモンドにおける「ポリッシュ・ハブ」としての地位を確立する可能性もある。
国際市場では、天然ダイヤモンドが引き続き供給過剰と価格下落に直面するなかで、今回の措置はグローバルな需給バランスにも波及するだろう。天然ダイヤモンドは高級消費財から投資商品としての側面を強めているが、中国での輸入コスト上昇は、同国の高級宝飾市場や再輸出産業にとっても打撃となる。一方、ラボグロウンダイヤモンドは国内生産と加工を一体化できるため、輸出規制や税制変更の影響を相対的に受けにくく、価格競争力を維持できる構造にある。
中国が進めるこの政策転換は、単なる税制改正ではなく、天然から人工へ、輸入から内製へという大きな構造転換の一環だとも見られる。世界最大の製造国であり、同時にラボグロウンダイヤモンドの最大生産国でもある中国がこの方向に舵を切ることは、国際的なジュエリー産業の地図を再び塗り替える可能性を孕んでいる。
ジュエリー業界にとって重要なのは、税制改正の表面的な影響だけでなく、その背後にある「国家戦略としてのダイヤモンド産業の再設計」だ。天然・人工のいずれに軸足を置くか、どの国・地域をサプライチェーンの中核に据えるか。いま、中国の動きは、世界のジュエリー企業に見直しを迫っているようだ。


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