
2025年6月、ベルギーの鑑定機関HRD Antwerpは、今後ラボグロウンダイヤモンド(以下LGD)のルースに対する鑑定書の発行を中止すると発表した。天然ダイヤモンド業界を支援し、両者の明確な差異を消費者に提示することが目的とされる。同機関はアントワープ・ワールド・ダイヤモンド・センター(AWDC)の子会社であり、今回の発表は、AWDCがLGDをガチャマシンに詰めて展示するというプロモーションの直後に行われた。
この方針転換はHRDに限られない。米国の鑑定機関GIA(Gemological Institute of America)も同時期、LGDに対しては引き続き評価を行うとしつつも、従来の4C評価に代わり、「プレミアム」「スタンダード」など、相対的な品質カテゴリーによる表示へ移行すると発表した。GIAは「天然ダイヤモンドの希少性を評価するために設計された従来のグレーディングスケールは、LGDには適用できない」とし、「小売業者や消費者の間に混乱を招いた可能性がある」と釈明している。
IGIは従来方針を継続、市場構造に変化は?
一連の動きを受け、国際的鑑定機関であるIGI(International Gemological Institute)は、6月末に声明を発表。従来通り、天然およびLGDの双方に対して4C評価を用いた鑑定書を発行し続ける方針を明確にした。業界内では、HRDやGIAの方針変更に対して「IGIだけがなぜ“変化なし”を強調する必要があるのか」との声も聞かれたが、同社の立場には明確な戦略意図があると考えられる。
現在、IGIはグローバルにおけるLGD鑑定レポート市場の90%以上のシェアを占めており、LGD事業は同社にとって中核的な位置を占める。こうした中、HRDやGIAの変更によって、LGDの「信頼性」や「品質保証」という付加価値が相対的に低下することは、業界構造に少なからぬ影響を与えかねない。
GIAの転換、その背景にある業界力学
そもそもGIAがLGDに対して4C評価を適用する方針を採用した背景には、LGD市場への参入を進める大手メーカーの存在があるとされる。ダイヤモンド業界コンサルタントのアヴィ・クラヴィッツ氏は「GIAがLGDの正統性を担保したことで、小売業者は“もう一つの選択肢”としてLGDを積極的に販売できるようになった。それが市場拡大を後押ししたのは事実だ」と指摘する。
しかし現在、天然業界側からの反発が強まっている。天然とLGDの市場的・文化的価値の違いを再定義し、再び線引きを強化しようとする動きが鮮明だ。GIAの今回の変更は、そうした業界の空気を反映した「バランスの是正策」と見る向きもある。
クラヴィッツ氏は「これは単なる表記の問題ではなく、“鑑定書”が果たしている役割そのものの再定義だ。今後は“グレーディング”というよりも“品質保証書”という形式にシフトしていく可能性がある」と分析する。
消費者心理と流通現場への波及
では、こうした鑑定方針の変更は、実際にLGDの流通や販売にどのような影響を及ぼすのだろうか。
クラヴィッツ氏は「4C評価の継続は、小売業者にとって製品の“信頼性”を示す重要な手段である。消費者は“天然と比較できる選択肢”を求めており、4Cによって納得感が生まれている」と指摘する。一方で、業界アナリストのポール・ジムニスキー氏は「鑑定書の表記が変わったとしても、消費者行動への影響は限定的」と見る。「大半の消費者は“美しく、手頃な価格の石”を求めており、レポートは単なる安心材料に過ぎない」と述べている。
また、ダイヤモンドコンサルタントのエダン・ゴラン氏は「今後DカラーやFLグレードといった高品質のLGDが増える可能性があり、評価の差が価格に与える影響は小さい。評価が簡略化されても販売に与える影響は一部に限られる」と分析する。
LGDは独自のポジションへ
デビアスによるLGDジュエリーブランドの立ち上げや、GIAのグレーディングレポート導入などは、黎明期のLGD市場拡大に一定の役割を果たした。しかし今やLGDは、天然ダイヤモンドの“代替品”ではなく、「手頃で美しいジュエリー」として独自の市場ポジションを確立しつつある。
とはいえ、商品の品質に対する「透明性」への需要は依然として高い。LGDが天然と同様の物質的構造を持つ以上、消費者がその品質を客観的に理解したいと考えるのは自然な要求であり、信頼性の高いレポートは今後も必要とされる。現時点では、GIAやHRDの方針変更による影響は限定的と見られており、実際、LGDレポート市場におけるIGIのシェアは90%以上に達している。
業界の課題は「価値の再定義」ではなく「説明責任」
今後、天然ダイヤモンドとLGDの市場がそれぞれの価値軸で発展していくと考えられる。その中で業界に求められるのは、消費者に対して業界都合の価値観を押し付けることではなく、透明性をもって情報を開示し、理解を促すことだ。
鑑定手法の変更も、その説明の仕方次第で消費者の受け止め方は大きく変わる。最終的な判断を行うのは消費者自身であり、業界の役割は、適切な情報を届けることでその選択を支えることだろう。
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