パテック フィリップとティファニーのコラボ腕時計、販売方法に批判

2021年、時計業界に激震を走らせたパテック フィリップとティファニーのコラボによる限定モデル「ノーチラス 5711/1A-018」。その鮮烈なティファニーブルーの文字盤は世界中のコレクターの垂涎の的となったが、その裏で、販売元であるティファニーの販売手法が一部の富裕層顧客から強い反発を買い、ブランドと顧客との信頼関係を揺るがす事態に発展している。

「抱き合わせ販売」疑惑と顧客の怒り

問題となっているのは、ティファニーが一部の顧客に対して行ったとされる、いわゆる「バンドリング(抱き合わせ販売)」だ。情報筋によれば、この極めて希少なノーチラスの購入機会を得るための「VIPリスト」に名を連ねる条件として、ティファニーの宝飾品など、時計とは無関係の商品を200万ドルから300万ドル(当時のレートで約2億3000万円~3億4000万円)規模で購入することが示唆されたという。

しかし、この莫大な金額を費やしたとしても、時計の購入が保証されるわけではなかった。あくまで「購入するチャンスを得られる」という曖昧な条件であったため、多額の投資を行ったにもかかわらず、結局ノーチラスを手にすることができなかった顧客たちの怒りが爆発した。一部の顧客はティファニーに対して法的措置を検討し、あるいは同ブランド製品のボイコットに踏み切ったと、複数の業界専門メディアが報じている。

このバンドリングという慣行は、高級ブランド業界では長らく公然の秘密とされてきた。しかし、時計業界、特に独立系の家族経営を貫くパテック フィリップ社は、ティエリー・スターン社長自らが繰り返し、こうした販売手法を推奨しない姿勢を明確にしてきた。純粋な時計愛好家や長年の忠実な顧客を尊重するというブランド哲学を掲げてきただけに、米国内における最大のパートナーであるティファニーがこのような手法を取ったことは、パテック フィリップ本社の理念とは相容れないものであり、両社の関係に微妙な影を落とした可能性は否定できない。

発売の背景 ― 2021年、狂騒の市場

なぜ、この一本の時計がこれほどの騒動を巻き起こしたのか。その背景を理解するには、2021年当時の時計市場の異常なまでの過熱ぶりを振り返る必要がある。

第一に挙げられるのが、ベースモデルである「ノーチラス 5711/1A」の生産終了(ディスコンティニュエーション)である。2021年初頭、パテック フィリップは、10年以上にわたり絶大な人気を誇ってきたステンレススティール製の青文字盤モデル(Ref. 5711/1A-010)の生産終了を発表。このニュースは市場に大きな衝撃を与え、二次流通市場での価格は瞬く間に急騰した。正規店での入手は事実上不可能となり、5711は「幻の時計」としての地位を不動のものとした。

この発表直後、同社はオリーブグリーン文字盤の5711(Ref. 5711/1A-014)を後継機として発表したが、これも「2021年限りの生産」とされ、入手困難な状況に拍車をかけた。市場は、ステンレス製ノーチラス5711の「最後のモデル」は一体何になるのか、固唾をのんで見守っていた。

このような状況下で、2021年12月に突如として発表されたのが、ティファニーブルーの文字盤を持つ「Ref. 5711/1A-018」であった。これは、ステンレス製ノーチラス5711の正真正銘の「グランドフィナーレ(最終モデル)」であり、市場の興奮は最高潮に達した。

第二の背景は、ティファニーとパテック フィリップの特別な関係性である。両社のパートナーシップは1851年にまで遡る。ティファニーは米国で初めてパテック フィリップの時計を扱った正規販売店であり、その関係は170年もの長きにわたって続いてきた。文字盤に両社の名前が記された「Wネーム」モデルは、ヴィンテージ市場でも極めて高い価値を持つ。今回のモデルは、この170周年を記念してわずか170本のみが製造された、まさに記念碑的な一本であった。定価は52,635ドル(約600万円)とされた。

そして第三に、ティファニー自身の経営体制の変化も無視できない。2021年1月、ティファニーはフランスのラグジュアリーコングロマリット、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)グループによる買収が完了したばかりであった。LVMHの総帥ベルナール・アルノー氏の次男であるアレクサンドル・アルノー氏が、プロダクトおよびコミュニケーション部門のエグゼクティブ・バイスプレジデントに就任し、ブランドの若返りとイメージ刷新を強力に推し進めていた。このティファニーブルー・ノーチラスは、新体制下のティファニーがその影響力と話題性を世界に示すための、絶好の機会であったとも言える。

これらの要因――「5711の最終モデル」という希少性、「170周年の記念碑」という歴史的価値、そして「LVMH傘下となった新生ティファニー」という話題性――が複雑に絡み合い、この時計を単なる製品から、一つの社会現象へと昇華させたのである。

650万ドルの衝撃と投機熱

この時計の価値を決定づけたのが、2021年12月11日にフィリップス・オークションハウスがニューヨークで開催したオークションである。170本のうちの1本が、チャリティ目的で出品された。事前の予想を遥かに超え、この時計は手数料込みで650万ドル以上(約7億4000万円)という驚異的な価格で落札された。定価の実に120倍以上だ。落札金は全額、環境保護団体「ザ・ネイチャー・コンサーバンシー」に寄付された。

この落札結果は、この時計がもはや実用的な計時機器ではなく、極めて投機性の高い金融資産と化したことを世界に証明した。このニュースは、バンドリング疑惑で不満を募らせていた顧客たちの感情をさらに逆なでする結果となった。「数億円をティファニーに支払っても手に入らなかった時計が、オークションでは7億円以上の価値を持つ」。この事実は、正規販売の現場で起きていた不透明な顧客選別への疑念を増幅させ、ブランドに対する不信感を決定的なものとした。

ブランドと顧客の信頼関係への問い

今回のティファニーブルー・ノーチラスを巡る一連の騒動は、現代の高級時計業界が抱える根深い問題を浮き彫りにした。需要が供給を極端に上回る人気モデルにおいて、ブランドや販売店は「誰に売るのか」という難しい選択を迫られる。転売目的のバイヤーを排除し、真の愛好家や長年の優良顧客に時計を届けたいというのは、多くのブランドが共有する理想だろう。

しかし、その「選別」のプロセスが不透明であったり、今回のように別商品の購入を強要するような形で行われたりすれば、それは顧客に対する裏切り行為に他ならない。ブランド価値とは、製品のクオリティやデザイン、歴史だけで構築されるものではない。顧客一人ひとりとの対話を通じて長年にわたり築き上げられる信頼関係こそが、その根幹を成すはずである。

ティファニーブルー・ノーチラスは、時計史にその名を刻む伝説的なモデルとして語り継がれていくだろう。その鮮やかな色彩と数々の逸話は、コレクターの心を永遠に魅了し続けるに違いない。だが同時に、その販売を巡る騒動は、ブランドがいかにして顧客と向き合うべきか、そして過熱した市場の中でいかに公平性と品位を保つべきかという、重い問いを業界全体に突き付けている。

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