値下げの先にダイヤモンドの価値は残るのか、スーラトLGD業界が直面する「価格」と「価値」の境界線

man polishing diamond with his hands

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スーラトで過度な値引きの停止終了要請の声

インド・スーラトのラボグロウンダイヤモンド業界で、過度な値引き競争に対する危機感が強まっている。

Surat Lab Grown Diamond Associationの会合で、業界関係者からトレーダーやブローカーに対し、過度な値引きや相場を下回る販売を避けるよう求める声が上がった。スーラトの現地メディアLoktejの報道として、最近ではポリッシュ済みラボグロウンダイヤモンドの価格が20~25%上昇したことを受け、買い手に提示される値引き率も約7%から3~4%程度へ縮小したという。

同協会のBabu Vaghani会長は、値引き慣行が企業の利益を圧迫していると訴え、ラボグロウンダイヤモンド価格の下落がメーカーの利益だけでなく、研磨職人などの賃金にも影響していると指摘した。価格下落が続けば製造側の利益が減少し、結果として人件費削減につながる。長期的な価格下落を背景として一部の研磨工場が他分野への転換を検討し、熟練労働者が業界を離れる動きもある。

これはインドの製造業者における利益率の問題にと留まらず、現在のラボグロウンダイヤモンド市場が抱える構造的な問題を象徴している。

そして同時に、「そもそもダイヤモンドの価値とは何なのか」という、天然・ラボグロウンの双方に共通する問いを投げかけている。

「安くなること」は市場拡大にとって本当に良いことなのか

ラボグロウンダイヤモンドの成長を支えてきた最大の要因の一つは、天然ダイヤモンドと比較した価格競争力であることは否定できない。同じ予算で、より大きく、よりカラーやクラリティの高いダイヤモンドを購入できる。この分かりやすいメリットは、特に米国市場で消費者の選択を大きく変えた。

一方で、その成功を生み出した「低価格」という要素が、今度は産業側を苦しめ始めている。

De Beersは2025年5月、ラボグロウンダイヤモンドジュエリーブランド「Lightbox」の閉鎖方針を発表した際、ラボグロウンダイヤモンドの卸売価格が2020年以降約90%低下したとの認識を示した。2026年に公表した「The Diamond Report」でも、2020年からの卸売価格下落率を93%としている。一方でDe Beersは天然ダイヤモンド最大手の一角であり、ラボグロウンとのカテゴリー分離を明確に進める当事者であるため、その分析には天然ダイヤモンド事業者としての立場が影響することは考慮する必要があるだろう。しかし、ラボグロウンの卸売価格が長期的かつ大幅に低下してきたという方向性自体は、広く市場で確認されている。

インドの輸出統計にも同様の構造が見える。GJEPCの統計を基にした分析では、2025年度のインドからのポリッシュ済みラボグロウンダイヤモンド輸出量は前年比約30%増加した一方、輸出金額は約11%減少し、1カラット当たりの平均輸出単価は約88ドルから約60ドルへ低下したとされる。つまり「数は増えているが、売上は減少している」。

これは市場拡大と事業収益が必ずしも同じ方向へ進まないことを意味する。消費者にとって価格低下は歓迎すべきことだ。しかし製造者、研磨業者、卸売業者、小売業者のすべてが価格だけで競争を始めれば、販売数量が伸びてもサプライチェーン全体に残る利益は縮小する。

スーラトから上がった今回の声は、その限界点が意識され始めたことの表れとも読める。

ラボグロウンが「コモディティ化」しやすい理由

ラボグロウンダイヤモンドの価格低下には、通常の商品とは異なる明確な理由がある。最大の要因は供給の拡張可能性だ。

天然ダイヤモンドの場合、供給を増やすには鉱床の発見、鉱山開発、採掘という長期間かつ巨額の投資を必要とする。一方、ラボグロウンではCVDやHPHTの生産設備を増設し、生産効率を改善することで供給量を拡大できる。技術が成熟し、生産者が増え、生産コストが低下すれば、一般的には価格も下がる。

これはラボグロウンダイヤモンドだけに特有の現象ではない。半導体、太陽光パネル、液晶ディスプレーなど、技術によって供給能力が急速に拡大した製品で繰り返されてきた構造だ。

ただしダイヤモンドには一つ大きな違いがある。ラボグロウンダイヤモンドは工業製品であると同時に、ジュエリーという感情商品でもあるという点だ。

4Cだけで売るほど価格競争から逃げられなくなる

ラボグロウン市場には、もう一つの問題がある。商品の比較が極めて容易になったことだ。「1.00ct、Dカラー、VVS1、Excellent」といった情報がオンライン上で横並びになれば、消費者は同じスペックの商品を瞬時に価格比較できる。

商品の違いが数字だけで説明されれば、合理的な消費者が最も安い商品を選択するのは当然だ。これは天然ダイヤモンドにも存在してきた問題だが、供給量を拡大できるラボグロウンではさらに顕著になりやすい。

興味深いのは、GIAが2025年からラボグロウンダイヤモンドの評価方法を変更し、天然ダイヤモンド向けに開発した従来のカラー、クラリティの詳細な名称体系から離れ、「Premium」「Standard」というカテゴリーによる評価へ移行したことだ。GIAはその理由について、市場に流通するラボグロウンダイヤモンドの95%以上が非常に狭いカラーとクラリティの範囲に集中しており、天然ダイヤモンドのために作られた細かな評価体系を使用する意味が薄れているとの認識を示している。

GIAにとってこの決定は企業戦略的な意味合いが強かったと考えられるが、同時にこれはラボグロウンダイヤモンドの高品質化が進み、「D、E、F」「VVS1、VVS2」といった上位スペックの商品を大量に作れるようになるほど、スペックそのものでは差別化しにくくなるという逆説を示している。

高品質であることが珍しくなくなれば、「高品質である」という事実だけでは高価格を維持できない。

天然ダイヤモンドなら「価値」は保証されるのか

天然ダイヤモンドについても冷静に考える必要がある。

天然ダイヤモンド業界では近年、「希少性」「天然であること」「数十億年という地球の歴史」「有限な供給」といった要素を、ラボグロウンとの差別化軸として強く打ち出している。

De Beersの最新の消費者調査でも、天然ダイヤモンドに対する消費者の魅力として、希少性、永続性、内在的価値などが強調されている。同社の2025年米国調査では、天然ダイヤモンドジュエリーの平均購入金額が4,063ドルとなり、2023年比で25%増加したとしている。

しかし、「天然だから価値がある」という説明だけで十分かと言えば、それもまた疑問が残る。希少性は価値を形成する重要な条件ではあるが、希少であることと価値があることは同義ではない。世界にはダイヤモンドより希少な鉱物はいくらでも存在する。それらすべてがダイヤモンド以上の価値を持つわけではない。

価値が成立するためには、希少性に加えて需要が必要であり、その需要の背景には、美しさ、文化、歴史、ブランド、社会的意味、感情、所有体験などが存在する。

さらに一般的な天然ダイヤモンドジュエリーも、購入価格そのものが将来保証される金融資産ではない。小売価格には加工、流通、ブランド、店舗運営、サービスなどが含まれており、二次市場でそれらがそのまま回収できるわけではない。したがって、「天然ダイヤモンドは資産、ラボグロウンは消耗品」という単純な二分法も現実を正確には表していない。

むしろ違いは、天然ダイヤモンドには供給制約と既存の二次流通市場が存在するため、石そのものに価格を残しやすい構造があるのに対し、ラボグロウンは新規生産コストの低下が中古品価格にも影響しやすいということだ。

これは「どちらが本物の価値か」という問題ではなく、価値を形成する仕組みが異なることを示している。

ジュエリーの価値は「原材料価格」だけではない

消費者がジュエリーショップで購入しているものは、ダイヤモンドという原材料だけではない。例えばヴァン クリーフ&アーペルやカルティエのジュエリーを、その日の金相場とダイヤモンド相場だけで価格評価する消費者はほとんどいない。デザイン、ブランドの歴史、職人技、店舗体験、ストーリー、アフターサービス、そしてそのジュエリーを所有することによって生まれる感情まで含めて商品と認識している。

無名のブランドであっても本質は同じだろう。誰から購入したのか、なぜそのデザインなのか、どのように作られたのか、誰から贈られたのか、どの瞬間に身につけたのか。こうしたものは鑑定書には記載されない。しかし消費者がジュエリーに感じる価値の大部分は、むしろそこに存在する。

結婚指輪を中古市場で売却した場合の価格が購入価格の半分になったからといって、その結婚指輪が所有者にとって「半分の価値」になったわけではない。ここには「交換価値」と「使用価値」、そして「感情価値」の違いがある。

ジュエリー業界はこの三つを区別して考える必要があるだろう。

「安いダイヤモンド」から「価値あるジュエリー」へ

ラボグロウンダイヤモンドが登場したことで、ダイヤモンドという素材そのものを従来よりはるかに低い価格で利用できるようになった。これは脅威であると同時に、ジュエリー産業にとって大きな創造機会でもある。

従来なら原価の制約から成立しなかった大粒デザイン、多数のダイヤモンドを使用するジュエリー、均質なサイズや品質を必要とするデザイン、ファッション性を重視した商品などを実現しやすくなる。問題は、それを「天然より70%安い」「2カラットがこの価格」という売り方だけで終わらせることにある。

価格差だけを価値として提示すれば、さらに安い競合商品が登場した瞬間に自らの価値提案は消える。

今回スーラトで起きていることは、その結果とも言える。

製造者が価格を下げ、卸売業者が値引きし、小売業者がさらにセールを行い、消費者が次の値下げを待つようになれば、「適正価格」という概念そのものが形成されなくなる。昨日20万円だった商品が今日15万円、来月10万円になるのであれば、消費者にとって最も合理的な行動は「今買わないこと」になってしまう。

価格を下げることと、価格に対する信頼を失うことは別問題だ。

ダイヤモンド産業は「価値を説明する産業」へ

ラボグロウンダイヤモンドの供給コストは今後も技術革新によって変化する可能性が高い。一方、天然ダイヤモンドにも需要低迷や価格調整という課題がある。つまり両者とも、素材そのものの価格だけに未来を委ねることはできない。

天然ダイヤモンドには、自然起源、地質学的時間、希少性、産地、トレーサビリティといった独自の物語がある。

ラボグロウンダイヤモンドには、テクノロジー、価格アクセシビリティ、大粒石を自由に使用できるデザイン性、新しいジュエリー表現といった独自の可能性がある。

本来、この二つは同じ価値軸で勝敗を決める必要すらない。むしろ問題なのは、どちらも4Cと価格表だけで販売しようとすることにある。ダイヤモンドの物理的特性は鑑定機関が評価できる。しかし、そのダイヤモンドを使用したジュエリーに消費者がいくら支払いたいと思うかを決めるのは鑑定書ではない。

そこを作るのが企業であり、ブランドであり、デザイナーであり、小売店であり、販売員であり、最終的にはジュエリー業界そのものなのだ。スーラトで声が上げられ始めた「これ以上値引きを続けるべきではない」という声は、製造者の利益を守るための主張だけではなく、本質的には、その先にもっと大きな問いがある。

ダイヤモンドの価格を維持することと、ダイヤモンドの価値を作ることは同じではない。

価格は供給を絞ったり値引きを止めたりすることで、一定期間コントロールできるかもしれない。しかし価値は、消費者が「この金額を支払ってでも欲しい」と感じなければ成立しない。そしてこれはラボグロウンダイヤモンドだけに突き付けられた問いではない。天然ダイヤモンドを含むジュエリー業界全体が、もう一度向き合うべき問いだ。

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