周大福が推進するジュエリー分野のデジタルトランスフォーメーションとは

香港を拠点とするジュエリー企業「周大福」は、ジュエリー分野で強くデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する企業としても知られている。同社は様々な最先端テクノロジーやデジタルソリューションを商品、物流、そして店頭エクスペリエンスに導入し続けている。

パンデミック発生以降、消費者の流動性は大きく低下し、ジュエリーをはじめとするラグジュアリー分野においては新たな顧客の獲得が急務となった。それは小売業のあり方に変化を促した。消費者のニーズをどのように促し、満たすかという課題への取り組み圧力は、様々な面で企業の今までのやり方への変化を強要するものとなっている。

このような状況の中、ジュエリー業界大手である周大福がどのようなソリューションを取り入れているのかに注目してみたい。

接客トレイのアップデート

ほとんどのジュエリーショップや時計店では接客の際に「接客トレイ」や「接客盆」などと呼ばれる布や合皮張りのトレイを使用し、ショーケースから取り出した商品をその上に置いて消費者の目の前で見せる。

この接客トレイの改善は、周大福が取り組んだジュエリー小売のアップデートの一つの鍵になる。

「実店舗による小売パフォーマンスの測定は長年、販売結果に依存しており、商品の購入決定にある背後の理由に関してはわからないままでした。大多数のブランドは販売データを集積して整理し、経験値や市場調査データなどを組み合わせて総合的に判断し、商品戦略を立てるしかありませんでした。消費者が商品を決定する上で何を見ているのか、どのような商品に興味があるのかを理解できないことは、顧客単価の高い宝飾業にとって大きな損失です。」と同社は語る。

8年前に周大福は店舗で「スマートトレイ」の運用を開始した。これはRFIDスキャナーを接客トレイに組み込んだものだ。

それぞれの商品にはRFIDタグが付けられており、この「スマートトレイ」に商品を載せることで、消費者がどの商品を、どのくらいの時間検討して、またどの商品と比較検討したのかといったデータを集積することができる。この「スマートトレイ」の導入によって同社は、消費者が平均的に5つの選択肢から比較する傾向があることを発見し、ほとんどの場合では最終的な商品に絞り込むのに要する時間は20分以下であり、多くの場合は最初に気に入った商品を購入する傾向があることをデータから分析している。

また、この「スマートトレイ」はタブレットと接続することが可能で、消費者が選んだ商品をこの「スマートトレイ」に置くと、製品の詳細情報が即座にタブレットに表示される。また在庫状況の確認や、(希望のサイズが)欠品の場合などには類似したデザインの商品を自動的に推薦商品として表示することも可能だ。また、欠品商品に関して生産ラインから店舗に入荷するまでのスケジュールを提示することも可能だという。この小さな「スマートトレイ」は、店頭と生産管理部門を直接接続し、販売員が特定のサイズの在庫をキープしたり、類似デザインの商品を提案することに役に立つ。

しかし、この「スマートトレイ」の本当の効果は、そのインターフェースとデータがWeChatやミニプログラムといったオンラインアプリケーションに接続された際に発揮される。

オンラインパラドックスへのソリューション

現在ではオンラインチャネルはほとんどの小売業にとって必須の選択肢となりつつある。しかし一方で、ジュエリーのようなラグジュアリーカテゴリーの多くの企業にとってECなどのオンラインチャネルの導入にはまだ障壁があるように見える。

ジュエリーのような単価の高いブランドではブランドイメージの維持を非常に重視しており、ここ数年で爆発的に増加したECや、またライブコマースはジュエリーには適さないと考えるブランドも少なくない。不適切な戦略や露出でブランドイメージが崩れれば、実店舗での売上にも影響を与える可能性があるからだ。これは言い換えれば、オフラインとオンラインの関係をどのように構築し、お互いがどのように協調し、補完し合うかという課題に他ならない。

周大福の2022年会計年度の売上高は989.38億香港ドル(1.68兆円)と前年比+41%を記録し、中国本土の周大福の小売ネットワークは会計年度中に5,757に達し、1,312の純増となっている。注目すべきなのはオンラインセグメントの売上は前年比で+62.7%となっており総売上の8.6%を占めている。これは業界平均をはるかに上回る水準だ。

先に述べたように8年前より周大福は「スマートトレイ」を採用したが、同社は1980年代からコンピュータを利用した業務管理及び販売分析を行なっており、経営陣はデジタルデジタルソリューションへの高い感度を持っている。

2019年に周大福はWeChatミニプログラム(WeChat内のアプリ)「云商365(Cloud Sales 365)」を開発した。

これにより、「云商365」は消費者向けのWeChatミニプログラムである「周大福オフィシャルモール」や前述のスマートトレイを含む周大福の様々な重要なシステムと接続することができるようになる。

云商365(Cloud Sales 365)

具体的には、販売員はオンライン顧客に商品を推奨できるようになり、このリンクを介して発生した注文は販売データとして紐付けされて蓄積される。販売員はターゲットを絞ってクーポンを発行することができ、オンライン顧客を実店舗に誘導することもできる。

また店舗では、販売員は「スマートトレイ」を利用して消費者にサービスを提供する際、企業のWeChatとアバターを表示できる。これにより、消費者に対してオフラインでのサービス提供を目的として、消費者を友達登録するように自然に誘導することが可能になる。

多くのバックグラウンド機能を持っており、店頭の販売員はそれらを効果的に使用し実際に消費者のニーズを満たすことができるため、多くの成約を促すことを可能にしている。この「云商365」の基本的な機能は2019年に開発、パイロット試験が開始されており、2020年のパンデミックの発生後にすぐに全国店舗への配置を完了することができた。その期間中にテンセント(WeChatの運営会社)のサポートを受けて「前例のない2万人のオンラインスタッフトレーニング」を実施したと同社は述べている。

同社によると、周大福のデジタル戦略の根底にある論理は「人と人とのつながりは価値が高い」というものであり、「基本的には、オンラインという手段を通じて双方向の、地域に制限されない、24時間の顧客と販売員のコミュニケーションを実現する」というものだ。

このようにして、オンライン小売が再定義された。オンラインで販売される商品の数が重要なのではなく、あくまで重要なのは、デジタルソリューションを既存のビジネスに統合する適切な方法を見つけることだという。特に、最前線の販売チームに力を与え、チームが消費者とより緊密につながるのを支援する。

O2Oは何をもたらしたか

この取り組みによってもたらされる最も直接的な変化は、販売実績の改善だ。

周大福は、オンラインプラットフォームで販売される商品の平均単価が店舗よりもはるかに低いことを明らかにしている。一方で、ショッピングガイドサービスとオフラインでの試着体験の向上により、全体的なコンバージョン率は数倍になっている。

オフライン(実店舗)での販売力は強く、単価は高くなるが、特にパンデミックの影響下では、トラフィックは制限される。プラットフォームと消費者の間でのより便利で細かく利便性の高いコネクションを利用することによって、オフラインストア販売員の販売力をより効率的に広げることが可能であり、ビジネスモデル全体はオンラインとオフラインの互いの長所と短所を学習することによって機能する。事実、周大福は同社のWeChatを通してクーポンや最新情報を送信する場合のコンバージョン率が、他のSNSや公式サイトなどの他のチャネルの2倍以上なっていることを確認している。

また、周大福の年次報告書によると「最前線のスタッフが云商365を利用して密接なサービスを提供する場合、既存の周大福の顧客に比べてリピート購入率が2倍になっている」ことを明らかにしている。

さらに、企業WeChatのコミュニケーション能力は企業に新しいテストフィールドを提供した。周大福は、企業WeChatをベースにした「云商365」を導入するよりも以前に、「D-ONE」というデジタル・ジュエリーカスタマイズプラットフォームを導入していたが、それ単体では全体の売上改善は見られていなかった。しかし、企業WeChatやミニプログラムを利用することで、「D-ONE」のような ジュエリーカスタマイズ機能は、店頭の販売員と消費者のコミュニケーションに自然に溶け込むことができるようになる。

D-ONE

「D-ONEによるビジネスモデルは、企業WeChat導入後に実際に確立されました。新しいサービスや商品は企業WeChatを通じて最高のプロモーションを実行することができます。ターゲットグループに直接情報を届けることができ、そしてプロセス全体を通してガイドがサービスを提供できます。」と同社は説明する。

最も核心的な変化は、このデジタル化によって、企業が情報、商品、資金などの要素の運用効率を根本的に改善させたことだ。これは単なる財務レベルでの「コスト削減と効率向上」だけでなく、過去の不可能を可能にする。デジタル介入による販売後の遡及的アプローチにより、販売予測と販売の全プロセスにおける改善を可能にする。

ジュエリー業界は、典型的な労働力と資本集約型の業界だ。各要素の流れが迅速でスムーズにない場合、上流の生産側のデザイン開発が正確ではなくなり、商品の仕入れは経験則に基づいて広範囲になる。消費者は同質化された商品を目にすることになり、購買意欲が高まらないということになる。

ジュエリー小売業における従来のフィードバックリンクは、商品の販売と調達の履歴を時間をかけて収集し、統計とレビューを行なってから最終的にどの製品が、どの地域でよく売れるかを数日かけて精査するというものだ。現在、周大福ではWeChatシステムのサポートにより、消費者の好みをテストするためのパイロット検査がオンラインで実行されており、フィードバックは直感的で短期的かつ正確に店舗の販売を向上に導くことが可能だ。

「今では、一部の人気商品がオンラインで人気になり、店舗に並べる前に売り切れてしまうものもあります。売れている商品は供給量を増加させ、在庫管理能力を大幅に向上させることができました。」と同社は説明する。

このオンライン「テストフィードバック」の迅速な反応により、生産管理側は様々な地域の店舗の販売状況をより正確に把握できる。そのため、在庫管理が効率化されキャッシュフローの改善に繋がる。この2点は小売業界にとって生命線とも言える。

業界では若い顧客をどのように引き付けるかという問題がよく議論され、さまざまなマーケティング手法が際限なく出現するが、それだけが業界の命題ではない。現在のマーケットでは売れ筋商品のサイクルが非常に短く、1〜2週間で人気商品が移り変わることは非常に多い。その対応に我々が追いつくことができるかどうかは、ジュエリー業界が迅速に対応すべき命題と言えるだろう。問題の解決のための一つの非常に有効なソリューションは、デジタルテクノロジーを利用して企業を需要供給判断の点でより俊敏にし、変化するマーケットに迅速に対応する能力を得ることだ。

デジタルの可能性

ジュエリー業界では婚姻数及び挙式数の減少、サプライチェーンのコスト増加、地金価格の変動などに伴う将来的な課題があり、他のラグジュアリーグッズと同様に実店舗販売においてはコロナの影響が持続する可能性もある。この周大福のデジタルアップグレードは、ジュエリー小売業に新しい可能性を示唆している。高顧客単価の小売業者は、様々なデジタルエコシステムの助けを借りて、より堅牢なビジネスチャネルを構築できるだけでなく、企業と顧客のより緊密なつながりをも生み出すことが可能だ。ドメスティックブランドからハイブランドまで、この不安定な時代の中で成長できるフィールドを見つける可能性はまだまだ大きい。

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