
パリ・セーヌ川右岸に位置するルーヴル美術館において、2025年10月19日午前9時30分頃(パリ時間)、同館の「ガレリー・アポロン」に展示されていた歴史的価値の極めて高い王室宝飾品8点が盗まれる事件が発生した。
侵入に使用された手口は、極めて短時間かつ計画的だった。捜査当局によれば、まず建物外壁に設置された工事用のバスケット型リフト(荷上げ用ゴンドラ)を美術館南側のセーヌ河岸に横付け、人物が黄色い安全ベストを着用して外壁の窓を切断あるいは破壊して館内へ侵入したとされる。窓を破って侵入するまで30秒もかからなかったとの証言もある。侵入後、展示ケースに備え付けられたガラスをグラインダーで破り、所蔵されていた王室宝飾品を数点奪取。警報装置が作動した記録もあるが、犯行から逃走までに要した時間は概ね4〜7分程度とされ、「超高速犯行」であった。逃走には複数台のバイクが使用され、犯行グループは既に駐車されていたリフトをそのまま放棄し、近隣の道路から速やかに離脱したと報じられている。また、犯行グループはリフトの籠を焼却し証拠隠滅も計っている。
被害品の概要も、文化・宝飾史的に注目すべき内容だ。フランス文化省および美術館側が公表した範囲では、以下のような品目が含まれている。まず、 Marie‑Amélie of Bourbon(王妃マリー=アマリー)および Hortense de Beauharnais(王妃ホルタンス)に由来する「サファイア・パルール(ティアラ、ネックレス、イヤリング等)」のうち、ティアラ・ネックレス・イヤリング ※1点 が盗難対象となった。該当ネックレスはセイロン産サファイア8石をあしらい、周囲を631個以上のダイヤモンドで取り巻いたものという報道もある。次に、 Marie‑Louise of Austria(皇妃マリー=ルイーズ)に贈られたとされるエメラルド・ネックレスおよびペアイヤリングも含まれており、32石のエメラルドと1,138個以上のダイヤモンドを組んだ構成という資料もある。さらに、 Eugénie de Montijo(皇妃ウジェニー)所有のティアラおよび大型ブローチ(リボン型の装飾など)も被害に含まれ、加えて同氏の王冠(1,354個のダイヤモンド+56個のエメラルドを含むという仕様)が逃走中に放棄・回収されたが損傷状態であった。
被害規模について、フランス検察当局は8,800万ユーロ(約1億ドル以上)と評価しているが、これは市場価値ではなく、歴史的価値を含まない「経済的被害額」に過ぎないと強調されている。
この事案は、展示ケースの強制破壊、輸送機器の悪用、作業員を装った偽装侵入、モーターサイクルによる迅速逃走という複数の手口を併用したものであり、典型的な組織的窃盗の様相を帯びている。被害品が希少かつ著名であるがゆえに、調査当局は盗難直後の24~48時間が「回収可能性の瀬戸際」だと指摘。石の再カットや金属の溶解によって手がかりが完全に消える可能性があるとして、時間との追走が進められている。
美術館側は被害発覚直後、館内の訪問者を速やかに退場させ一時閉館措置を取り、捜査協力のため展示スペースの立ち入り制限を実施した。保安関係者は施設外のリフト使用状況や窓割れの痕跡、監視カメラ映像、作業車両の動線を重点的に確認している。
本件は単なる窃盗事件にとどまらず、文化財としての宝飾品が被害対象となった点で、宝飾業界・美術館・保険関係者など多方面に波及する出来事である。今後も捜査の進展と共に、被盗品の行方・再流通防止策・国際捜査協力の状況などに注目が集まる。
エマニュエル・マクロンはX(旧ツイッター)で「ルーヴルの盗難は、わたしたちの大切な遺産、すなわち歴史への攻撃だ」と非難し、「必ず取り戻し、加害者は法の裁きを受ける。目的達成へ総力を挙げる」と表明した。
オランダの美術犯罪専門家アーサー・ブランドは、最近の手口からすれば今回の窃盗は「驚きではない」としつつ、フランスで最重要の美術館に侵入し王室宝飾を標的にした点は「アート盗難の極致」と評した。マクロンは今年1月、ルーヴルの大規模改修とセキュリティ強化を打ち出していたが、国宝は白昼堂々奪い去られた。ローラン・ヌネズ内相は「警備は最近強化したが、全てを未然に防ぐことはできなかった。阻止する力は持ち得なかった」と述べ、無力感を露わにした。


コメント