「中国市場から見る宝飾業界の展望」 – JJFセミナー要約

先週金曜日(2022年9月2日)、JJFの業界向けセミナーにW&J編集長の藤井勇人氏と、LGDEALの伊藤拓也氏が登壇、「中国市場から見る宝飾業界の展望 – コロナ禍で変化し続ける中国市場と世界」と題し、急速に変わりつつある巨大な中国の宝飾市場について解説した。

本記事ではセミナー内容を要約、W&Jでの再インタビューから改めて補足し編集したものをお送りする。

スピーカー紹介

藤井 勇人
株式会社 時計美術宝飾新聞 / 専務取締役
The Watch &Jewelry Today / 編集長

日本最大の宝飾業界新聞のひとつ「時計美術宝飾新聞」、及び当メディア「W&J Today Online」を運営。国内外の宝飾業界に関する幅広い取材による知見と情報を持つ。

伊藤 拓也
株式会社 ピュアダイヤモンド / 専務取締役
LGDEAL LLC / Head of East Asia

ダイヤモンドビジネスに20年以上携わり、Sarine Technologies社やAWDCなどの日本エージェントも務める。世界最大のラボグロウンダイヤモンドB2Bオンライン取引所LGDEALを運営。2020年より上海を拠点に活動。

冒頭で藤井氏は「コロナ禍の影響で近年では海外渡航の機会が減っており、情報社会の中でもリアルに役立つ情報を得るのは難しくなっている。特に有益な海外の情報は少なく、また業界内でそれを共有することも少ない。すでに最先端とは言えなくなってきている日本では、有益な情報は自分で取りに行く必要があり、特に海外の情報の重要度はこれからますます増していく。中国・上海で既に起こっていることはこれから日本でも起こる可能性が高く、日本のビジネスにも参考になることが多い。」とセミナーの趣旨を説明した。

伊藤氏は自身の経歴を簡単に説明、20年以上に渡って天然ダイヤモンドビジネスに関わってきたと説明。また2016年からはラボグロウンダイヤモンドの輸入、現在ではビジネスコンサルティングも手がけている。特殊なところでは、日本で唯一のジュエリー物流を手掛けるOTSにて新規事業開発を手掛けている。ジュエリー物流では製品管理とECなどの顧客対応、発送、サイズ直し、修理などをまとめてアウトソーシングできるという。

藤井:現在の中国や上海について教えて下さい。

伊藤:中国は日本から非常に近い国であるにも関わらず、あまり具体的なことを知っている人は少ないかも知れません。私のいる上海は東京からでも3時間ほどの距離で、コロナ禍でなければ日帰りも可能です。上海は今でこそ中国一の経済都市として知られていますが、歴史に登場したのは比較的最近のことです。上海は1842年のアヘン戦争終結により開港、フランスやアメリカの租界として栄えました。その後1990年代に入り急速に近代都市として発展、現在ではアジア随一の都市になっています。中国というと北京や上海のような主要都市だけが近代化しているようなイメージがあると思いますが、その他の地方都市も現在では急速に発展しており、高層ビル群のそびえ立つ近代的な都市が多く存在します。

上海に関して言えば、実際さまざまなリサーチ機関での都市ランキングで上位にランキングしており、世界レベルでの大都市であることがわかります。またこのランキング順位を毎年上げています。生活費ランキングに関して言えば上海が12位なのはまだ貧富の差が大きいことに由来していると考えられ、東京と同レベルの生活水準を維持しようとした場合、上海での生活費は東京のそれを上回っていると思います。

中国全体のGDPとしては、2008年の北京オリンピック以降顕著な上昇を見せており、また中国の現在の消費財小売市場規模は現在のレートで日本円に換算すると約780兆円になっています。日本の消費財小売市場規模が約151兆円であることを考えると、どれだけ大きなマーケットが存在しているかイメージできると思います。

また、今後の中国市場は地方都市の成長が大きく牽引すると言われています。中国の都市は1線都市から(新1線都市を含む)5線都市までの6段階にランク分けされており、3線都市から5線都市の人口は10億人にのぼります。4線都市と5線都市のGDP成長率は1線都市のほぼ倍となっており、またインターネットの普及により地方都市の購買力のある若い消費者に対してアプローチが容易になっています。このような理由で今後、まだ経済発展の余力を残しているのが現在の中国市場です。また、アジアトップ都市の一つとなった上海ですら、東京の観点で見ると開発の余地を残す部分が未だに多くあるように見え、まだ成長途上の都市であると感じます。

藤井:一方で日本の報道では、コロナ禍とロックダウンの影響で中国経済が打撃を受け失速していると報じられています。それに関してはいかがでしょうか。

伊藤:報道されている通り、短期的に見るとコロナ禍とロックダウンは中国経済に大きな打撃を与えています。ロックダウン期間中は実質的に店舗の営業はできませんでしたし、特に中低所得者層への影響は大きいと思います。なので全体的かつ短期的に見れば経済への影響は確かにあります。しかし一方で、富裕層の可処分所得に大きな影響を与えているようには見えません。その証拠に、ロックダウン後に上海中のハイブランドの店舗の前にはどこも長蛇の列ができ、ロックダウンの鬱憤を晴らすようにラグジュアリーブランド品を大量に購入する富裕層の姿で溢れました。これはロックダウンが解除された翌日に上海中で起こったことです。また、現在の厳しいコロナ措置は、今年の秋に予定されている党大会前にコロナ対策ポリシーの変更が難しいという政治的な意図が大きく影響していると言われており、一方で党大会に合わせて様々な景気浮上を政策総動員で目指すと見られています。実際、財政支出を大幅に拡大しており、インフラ投資計画を発表した21の自治区では昨年の+5%にあたる2.68兆円を予算としています。また、今年後半の自動車購入税の半減措置など消費促進のための政策も予定しており、今後徐々に経済が回復すると見られています。党大会後にはコロナによる制限も緩和すると見られており、来年には経済が再活性化すると考えられます。

藤井:中国というと現在ではデジタル先進国というイメージがありますが、実際はどんな感じでしょうか?

伊藤:多くの方がご存知の通り中国ではグレートファイアウォールと呼ばれるインターネット規制があり、LINEやGoogleなど多くの海外製のインターネットサービスやアプリの使用が制限されています。その代わりに中国独自のデジタルエコシステムが形成されており、人々の生活に深く浸透しています。現在、少なくとも上海では生活に必要なことのほとんどは携帯電話でできます。私が上海に移住したのは2020年12月ですが、それ以来今日まで外出時に財布を持って出たことはありません。自宅マンションのロック解除、宅配ボックスの解錠も携帯電話でできます。店舗ではもちろん屋台などの小さな店でもQRコード支払いが導入されていますし、また中国で広く展開されているLuckin Coffeeというカフェではそもそもアプリによるキャッシュレス決済しか受け付けておらず現金で購入できません。多くのレストランでは紙のメニューが消え、テーブルに設置されたQRコードを読み込んで自分の携帯電話でメニューの閲覧、注文、会計をするシステムになっています。ストリートミュージシャンへの投げ銭も現在ではQRコードによるキャッシュレスです。

中国の生活にはここまで深くデジタルが浸透しており、これはデジタルによって生活が便利になったというレベルを凌駕しています。言い換えるとデジタルを利用しないと生活できないというレベルにまで到達しているのです。これはコロナ禍で一層加速しました。デジタルの利用が生活に直結しているため若者だけでなく年配の方に至るまでスマートフォンを使いこなす必要があり、これが中国市場のデジタルシフトを加速させる要因となっています。また同時に、これがデジタルを利用した小売店やブランドのプロモーションが重要視される理由です。

藤井:中国のジュエリーマーケットの現在の状況について教えて下さい。

伊藤:中国のジュエリーマーケット規模は2021年のデータで(現在のレートで換算して)日本円で13兆円超となっています。日本のジュエリー市場規模が1兆円を切るくらいなので、約13倍のマーケットサイズがあることになります。このうち大きなシェアを占めるのはゴールド製品です。

藤井:中国ではゴールドが好まれる傾向があるのはよく知られていますね。現在でもそれは同じでしょうか。

伊藤:中国のジュエリー市場ではゴールドと翡翠は長い歴史があり、ダイヤモンドジュエリーが出てきたのは1990年代に入ってからです。これは、中国人にとってジュエリーは資産価値としての意味合いがあることと密接に関係しています。その為、老凤祥などに代表される伝統的なジュエリーショップに行くと、金製品が一面に陳列されており、そのほとんどは足金と呼ばれる純金の製品です。また、その時の相場で値付けされています。子供の出産の記念、結婚の際に贈る三金や五金と呼ばれる習慣など、今でもゴールドジュエリーは中国の文化に関連して大きな市場を築いています。一方で、ミレニアル世代やZ世代などの若い世代では価値観が変わりつつあり、ジュエリーに対して資産価値ではなく幸せな気分と結びついた精神的な価値を求めるようになってきています。これは西洋的なダイヤモンドジュエリーをはじめとした新しいジュエリー市場を築いており、ラボグロウンダイヤモンドジュエリーが台頭してきているのも、このような新しい価値観を反映しているものと考えらえます。伝統的な価値観と文化に結びついた、ゴールドや翡翠を中心とした伝統的な宝飾店と、新しい価値観を反映した、プラチナやダイヤモンドなどを扱うモダンなジュエリーブランドのカテゴリーが存在するのが現在の中国宝飾市場です。

また、日本でも最近流行りつつありますが、ライブコマースによる販売も非常に盛んなのが中国マーケットの特徴の一つです。例えば昨年には有名ライバーが合計金額で7億円分を超えるダイヤモンドジュエリーをライブ販売、これら全てを30分ほどの時間で即売しました。ライブコマースなどの新しいチャネルによるジュエリー販売が加速しているのも、中国マーケットの特徴の一つです。

もう一つ、中国市場で上手に活用されていると私が感じるのはWeChatです。これは日本で言うLINEに該当するチャットSNSツールですが、中国では来店した消費者とWeChatの交換をするのは一般的です。販売員は購入しなかった消費者にフォローアップを簡単に行えますし、消費者も価格の確認、類似商品の質問など退店後に気軽に販売員に聞くことができます。また消費者のグループチャットへの誘導、ブランド紹介や商品紹介を定期的にアップしているWeChat内のブログへの誘導など、消費者との適切な距離感のコミュニケーション及び教育に効果的に利用しています。

藤井:中国市場では新しい手法が取り入れられているのは興味深いです。他にも興味深い事例や手法などあれば教えて下さい。

伊藤:中国でここ数年で急成長したDRというブランドがあります。ダイヤモンドを中心としたブライダルジュエリーブランドですが、彼らの粗利率は70%強という脅威的な数字です。これはティファニーやリシュモンのブランドをも上回る数字で、実際にDRのダイヤモンドリングを同じような競合他社の同グレード製品と比較すると1.5倍くらいの価格になっており、割引もほとんどされません。(周大福や老凤祥の利益率が低いのは金製品の販売比率が高い為です。)それでもDRのジュエリーが売れているのは、彼らのマーケティング戦略に秘密があります。

DRの最大の特徴は、「一生に一人にしか贈ることができない」というシステムです。男性がDRでエンゲージメントリングを購入する際には身分証を登録する必要があり、一度購入したらもう二度とDRのエンゲージメントリングを購入することはできません。つまりどれだけお金があっても、二人にDRのエンゲージメントリングを贈ることはできないことになっているのです。ポイントは、男性は一人にしか贈れませんが、女性が受け取る数は限定されていないという点です。消費者である男性と、(プロポーズを受ける)意思決定者及び使用者である女性の間に不公平なギャップを生み出し、ここにプレミアム価値を持たせているのです。つまりDRは実物の商品に「唯一の愛」という価値を与え商品化しており、男性を拘束するという女性の独占欲に訴えかけています。このため、DRのダイヤモンドエンゲージメントリングはダイヤモンドのサイズやカラット、価格を超越した価値を消費者に提供しているのです。

実際、消費者の一人は「DRは女の子がお金があっても買えない指輪ですが、女の子が一番欲しい指輪です。誰もが唯一になりたいからです。」とSNSに投稿しています。しかし、女の子は自分では買えませんが、実際には婚約者にDRを買うように要求します。ただ、ハイブランドの指輪を要求されるよりは男性の財布には優しいでしょう。

ただもちろん、DRがこれだけ成長しているのはその秀逸なコンセプトのためだけではありません。DRはオンラインマーケティングへの投資額が業界水準よりかなり高いことでも知られており、実際に競合他社やティファニーと比較してもSNSのフォロワー数は群を抜いています。様々なSNSプラットフォームの販促に投資し「2つ目のエンゲージメントリングはDRでは購入できない」「真の愛は一つしかないので、慎重に」などのブランドメッセージを繰り返し強調します。これによってプロポーズリングはDRという概念を強烈に消費者に浸透させることに成功しています。高い粗利率によって得た利益をインターネットプロモーションに投資し、そのプロモーションによって高い利益率の商品を販売するという好循環を生み出しているのです。価格競争の厳しいジュエリー業界ですが、ブランドコンセプトとプロモーション戦略によって価格を超えた価値を生み出すことができるという好例だと思います。

藤井:中国はラボグロウンダイヤモンドの生産国として知られていますが、消費市場は存在するのでしょうか?

伊藤:確かに中国は、特にHPHTラボグロウンダイヤモンドの生産大国として知られており、またCVDラボグロウンダイヤモンドの生産量も増やしてきています。一方で、数年前までラボグロウンダイヤモンドの消費マーケットはほとんど存在していませんでした。しかしここ数年で、中国には大きなラボグロウンダイヤモンドの消費マーケットが誕生してきています。これを裏付けるデータが淘宝(タオバオ、楽天のようなECモール)にあります。2022年7月の1ヶ月間のラボグロウンダイヤモンドジュエリーの売上金額は約14.8億円となっており、これは昨年同時期比の149%です。淘宝以外のECモール、実店舗での販売もあることを考えると、既にある程度大きなマーケットが存在していることがわかります。実際、上海でラボグロウンダイヤモンドビジネスを営んでいるオーナーなどの話を聞いても、全員がこのカテゴリーの今後の成長にかなり自信を持っています。

このラボグロウンダイヤモンド消費市場の発展の背後には、先ほどの説明の通り新しい世代の価値観の変化があることに疑いの余地はありませんが、それともう一つ、「ダイヤモンド= 1ct」という価値観にあります。実際SNSなどでは「1ct未満のものはダイヤモンドじゃない」「1ct未満のダイヤモンドは切り落とした破片で作ったもの」などのフレーズが多々登場し、1ctアップのものを求める風潮であることが見て取れます。一方で近年の天然ダイヤモンド価格の高騰により1ctのダイヤモンド購入のハードルは上がっています。そのような状況の中、天然ダイヤモンドと等しい物理特性を持つラボグロウンダイヤモンドは新しい選択肢として浸透しつつあるのです。

中国のラボグロウンダイヤモンド市場への期待度は高く、例えばアメリカ企業であるDIAMOND FOUNDRYは自社ジュエリーブランドであるVRAIの世界初の小売店設置場所として、自国アメリカではなく上海を選びました。(現在はアメリカにも出店しています。)またLIGHT MARK、CARAXY、LUSANTなど数多くのドメスティックラボグロウンダイヤモンド専門ブランドの実店舗が次々と出てきています。

実際中国市場で天然ダイヤモンドとラボグロウンダイヤモンドの価格差がどれくらいあるのかを、ラボグロウンダイヤモンドブランドのCARAXYと、中国大手の天然ダイヤモンドブライダルジュエリーブランドであるI Doの実際の商品で比較してみます。1.00ct D VS1 K18WGのシンプルなリングで比較すると、天然ダイヤモンドのI Doの価格が約295万円であるのに対して、ラボグロウンダイヤモンドのCARAXYでは約68.5万円となっており、ラボグロウンダイヤモンドは天然ダイヤモンドの25%以下の価格で購入できることがわかります。(割引や価格変動などの要因により実際の価格差は多少前後します。)

このように、消費者の価値観の変化、ダイヤモンドサイズへのこだわり、新しいブランドの台頭などによってラボグロウンダイヤモンド消費市場は今後成長分野として大きく期待されています。

藤井:それだけ魅力的なマーケットであれば、日本から中国市場へ参入したいと考える企業も多いと思いますが、可能性についてはどうでしょうか。

伊藤:現在は円安が進んでおり、日本製品の価格が相対的に下がっているので、対外国ビジネスをするにはチャンスの時期だと言えると思います。しかしひと口に中国ビジネスと言っても、インバウンド、アウトバウンド、B2C、B2Bなど様々なフィールドがありますので、どのフィールドに挑戦したいのかをまず決める必要があると思います。

ただ、中国では日本製品の人気が高いのでMade in Japanがブランドになる、日本製をアピールすれば売れると考えている方が多いように感じます。日本製品は人気があるのかと聞かれれば、その答えは「YES」です。上海では、街中を歩いていると多くの日本製品、または日本風製品を見かけます。無印良品や資生堂は人気がありますし、コンビニやスーパー、日用品店を覗けば、日本製品でも日本ブランドでもないのに、奇妙な日本語が記載されている商品が多くあります。日本製品風を演出することで、商品の信頼度が上がるからだそうです。また日本食料理店、日本式銭湯などは人気があり、どこも多くの人で賑わっています。確かに上海では日本と日本製品は人気です。しかし、日本製品の人気があるカテゴリーと、そうではないカテゴリーがあるように見えます。日用品、化粧品、食料品などの日本製品への信頼は高いですが、自動車、家電製品、電子機器などのカテゴリーでの日本製品の優位性はあまり感じられません。これは中国製品の品質が向上してきているためでもあります。例えば中国は現在では電気自動車の開発先進国として知られており、NIOなどの電気自動車は中国で人気があります。日本メーカーの自動車ももちろん多く走っていますが、特に人気があるというイメージは見受けられません。また、世界トップシェアとその高性能で知られるドローンメーカーDJIは中国企業であり、この分野では日本の追随を許していません。Made in Chinaがブランドになる日が来るとはなかなか想像できないかもしれませんが、実はこのイメージの変革を我々日本人が実証していたのをご存知でしょうか。1950年代、実は欧米ではMade in Japanは「安かろう悪かろう」の代名詞でした。しかし日本人は技術革新によって、1980年代までにMade in Japanを最高品質の代名詞として定着させたのです。今後同様のことがMade in Chinaに関しても起こる可能性があります。ジュエリーに関しても、この中国製品との品質差とイメージが極めて少ない商品カテゴリーになります。実際私もMade in Chinaの中国ブランドジュエリー商品を数々見ましたが、日本製品との品質差はほとんどないと思います。つまり中国消費者にとって日本製ジュエリーというだけでは購入する動機にほとんどならないということです。

加えて最近の中国消費者には「国潮」と呼ばれる消費トレンドがあります。これは主に若い消費者のトレンドで、中国の要素のあるデザイン、中国ブランド、中国テクノロジーを好む風潮のことです。これも近年の中国製品の品質やデザイン性が向上してきたことを背景にしていますが、自国ブランドを選ぶ若者が増えており、日本製品の優位性も特にファッションやジュエリーの分野では弱いと言えます。

また、前述の通り中国のジュエリー市場規模は日本の約13倍です。単純に考えても、日本でかけている販促費用の13倍の金額を投資しないと地元企業との競争に対抗することは難しいでしょう。日本ブランドだから売れるという安易な考えでは難しいのです。

その上で中国市場に挑戦するためには、中国スタートアップ企業と同じビジネスの方法を行う必要があります。ベイン&カンパニーではこれを要素の頭文字を取って「4Dモデル」と名づけており、実際に多くの多国籍企業が中国でのビジネス及びそのフィードバックを他国市場にもたらすために活用しています。

  • Design for China (中国消費者のためのデザイン・開発)
  • Deside in China (中国で決定する)
  • Deliver at China Speed(中国のスピードで実行する)
  • Digitalize China Business (デジタルを活用する)

Design for Chinaは、中国消費者のためのデザインや商品開発を指します。中国でのビジネスを成功させるためには中国消費者の需要への理解、文化の理解、KOL(インフルエンサー)の活用が必要になります。例えばケラスターゼは中国消費者へのリサーチからクレンジングクレイを開発、これは中国市場ではもちろん、ヨーロッパでも大ヒット商品となっています。スターバックスは毎年、中秋节の時期に合わせて期間限定の月餅を発売し人気となっていますし、マイケルコースは七夕に合わせて、中国のトップ女優、杨幂とのコラボ限定デザインを発表し大人気となりました。

Deside in Chinaは、中国国内で効果的にビジネスを行うために組織編成することが含まれます。これは主に、中国国内での意思決定を容易にし、迅速にビジネスを行うことが求められるためです。

Deliver at China Speedは、中国のスピードでのビジネスが求められるということです。コロナ禍での武漢での新病院の設立スピードはみなさんの記憶に新しいと思いますが、2019年にアメリカ企業のテスラは1年以内で更地から工場建設、実際に自動車出荷をスタートさせることで、海外企業が中国企業と同等のスピードでビジネスを行えることを証明してみせました。中国のユニコーン企業は常に同時に複数の、時には10の新しいアイデアを思いついたらそれを全て即時に実行します。自社にアイデアを実現する全ての能力がない場合、他企業とのコラボで即時実行を目指します。このスピードを支えるのは、膨大な市場規模と、即時に数百万人にリーチできる中国ならではのデジタルエコシシテムです。即時にフィードバックを回収し、検証、改善を重ねるのが中国ユニコーン企業のスピード感です。このフィールドでは、アイデアを思いついたら一つずつ社内会議で検討し、承認を得てから実行計画を立て、稟議をもらってから実行する海外企業は太刀打ちできません。中国では中国のスピードでビジネスを進める必要があります。

Digitalize China Businessとは、中国のデジタルエコシステムを最大限に活用することを意味します。中国は間違いなく電子商取引企業の世界トップの国です。電子商取引の売上高は世界一であり、ECによる売上は小売市場全体の45.3%を占めます。2020年のデータでは全人口の3分の1がソーシャルコマースを利用しており(現在ではこれ以上)、食品の購入の40%はオンラインです。スマホの1日平均利用時間が4.34時間というのは日本と比べても1時間近く長く、世界的に見てもトップの国の一つです。中国のユニークな点は、このデジタルネットワークを通して形成された膨大な消費者データを企業が活用できるという点、そして常に新しい技術やサービスが誕生し続けているという点です。現在非常に人気のある共同購入アプリ「拼多多(ピンドゥオドゥオ)」は5年前には存在していませんでしたが、現在ではアクティブユーザー6.3億人、時価総額約7兆円という巨大サービスになっています。このような革新的なサービスが常に誕生しているのです。中国ビジネスを考えたときに、これらデジタルの活用は必要不可欠です。

いずれにしても、中国市場への参入は簡単ではないことが理解できると思います。しかし、努力をしてでも参入するだけの可能性のある市場であることも同時にご理解いただけたと思います。もちろん、どのような参入を目指すのか、現地でのビジネス開発なのか、越境ECなのか、現地企業とのB2Bビジネスなのか、またはインバウンドなのかによっても必要な方法、規模が変わってくると思います。大切なことは、中国市場と消費者についての正しい理解と、そして信頼できるパートナーを見つけることだと考えています。

また、直接的に中国市場へ関わらないとしても、中国市場でどのようなトレンドが起きているのかを理解すること自体は、日本でのジュエリービジネスの方向性を考える上で非常に参考になると思います。

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