業界のロシア危機 – 2:制裁の作成[RAPAPORT]

『業界のロシア危機 – 1:アルロサのポジション』はこちらから。

ロシア危機により、ダイヤモンド業界は「責任ある調達」を次のレベルに引き上げることを余儀なくされている。ダイヤモンド業界が長い歴史の中で風評に対応してきた長い歴史を考えると、ウクライナで進行中の戦争はダイヤモンド業界の倫理性に新たな次元を追加することになる。

ロシアのウクライナ侵攻からちょうど1年となった2023年2月24日、G7諸国の指導者たちは、「前例のない協調的な制裁やその他の経済対策を強化し、ロシアの違法な侵略に更に対抗する。」というコミットメントを再確認した。

概説されたステップの中で、G7(カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国)は、「ロシアがダイヤモンド輸出から得る大幅な収益を考慮し、ロシアのダイヤモンド原石とポリッシュダイヤモンド両方に関連する更なる措置に共同で取り組む。」と声明で述べた。

この宣言は広範囲かつ非決定事項であり、ダイヤモンドを制裁対象として直ちに制定するのではなく、ダイヤモンドに関連する新しい措置に取り組むという意図の表明だ。規制を作成して実施するプロセス自体には数ヶ月かかると、制裁に関連する業界問題について米国国務省に助言する立場であるジュエラーズ警戒委員会(JVC)は強調した。

現時点でそのG7の声明は、追加措置の性質に関する業界内の議論を引き起こした。この制裁は、ロシア政府が33%を所有する世界最大のダイヤモンド原石生産者であるアルロサを標的にする可能性が高い。

ダイヤモンドの加工による形態変化

具体的にこの新しい制裁は「形態変化」の問題に対応するものになると考えられる。これは、JVCが説明しているように、現在米国で制裁対象となっているロシア産ダイヤモンドが、第三国でカット・研磨された場合、米国への輸入が許可されているという問題だ。

このような経路での輸入は現行の米国の制裁下でも違法だと主張する人もいる。しかし、それは単純な考え方だと元米国財務省職員は匿名で述べる。問題点は、アルロサがまだ取引に興味を持っているかどうかだと彼は強調する。「商品がアルロサから来たからといって、アルロサの利益を損なう合法的な取引があった場合、それらがまだ制裁の対象となるわけではありません。」と彼は説明する。

たとえば、アルロサが第三者の製造業者に委託してダイヤモンド原石を販売した場合、そのようなポリッシュダイヤモンドは現在の制裁でも対象となる。または、アルロサが(一部の別の鉱山会社がしているように)パートナーシップを通じて原石を販売し、ポリッシュダイヤモンドの販売から利益の一部を得るような場合、そのポリッシュダイヤモンドも米国への輸入禁止の対象になるだろう。

しかし、アルロサは通常、ダイヤモンド原石を販売している。したがって、現状では、ダイヤモンド研磨業者がアルロサからダイヤモンド原石を購入し、第三国で研磨加工した場合、それらのポリッシュダイヤモンドは技術上は米国に持ち込むことができる。このダイヤモンドは例えば、ベルギー、インド、イスラエル、アラブ首長国連邦(UAE)など、ロシアのダイヤモンドに対して制裁を実施していない国で加工される可能性がある。

トレーサビリティの規定

このような状況により、大手のジュエリーチェーン、ブランド、また意識の高い独立系企業は、自社のダイヤモンドがロシアからのものではないことを保証するために、独自の流通管理基準を適用するようになった。現在、米国国務省はこのようなガイドラインが業界全体およびG7諸国に広がる主要な国際市場に適用されるように、貿易を規定したいと考えている。これは EU、特にベルギーにまで及ぶ可能性がある。

そのような規定に何が含まれるのかを正確に言うには時期尚早だが、これにはトレーサビリティの側面が含まれる可能性が高いとJVC法律顧問のサラ・ヨードは述べている。しかし米国国務省はG7と協調して、それには何が伴うかを整理する必要があるだろう。

企業は、ダイヤモンド業界内で開発された多数の原産地検証プログラムのいずれかを採用する必要があるだろうか?その場合、ブロックチェーンやQRコードなどのテクノロジーは取引においてさらに重要な役割を果たすことになる。もしくは、ダイヤモンドの原産地を宣言するインボイス上のステートメントでも十分かもしれない。ワールド・ダイヤモンド・カウンシル(WDC)システム・オブ・ワランティ(SoW)がその適切なツールだと述べる人がいるかもしれない。しかし一方で、このWDCのSoWはキンバリープロセス(KP)の規定に遵守している。ロシアは依然としてまだKPのメンバーだ。

これらのプログラムには様々なバリエーションと組み合わせがあり、新しい計画として検討される可能性もある。この規定の策定と実装に数週間ではなく、数か月かかったとしても不思議ではない。

今回の特異性

また、このような措置がロシア原産のダイヤモンドのみに適用されるのか、それともダイヤモンド流通の全範囲に適用されるのかという問題もある。

このような実質的な変革の問題に業界が対応した、あるいはすべきだったのは今回が初めてではない。米国はジンバブエのダイヤモンド事業者と同国からのダイヤモンド原石の供給に対して2011年までさかのぼって制裁を実施しており、それらは現在でも実施されている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)によると、ジンバブエ政府が2007年の軍事作戦でマランジェ鉱山を占拠し、その結果200人以上の鉱山労働者が死亡したことにより、この制裁が制定された。

米国政府がマランジェのダイヤモンドに関連する実質的な制裁を検討した際、それは速やかに実行された。その上、業界やメディアがその制裁を疑問視することはほとんどなかった。これは恐らく、ジンバブエが世界のダイヤモンド供給のわずかな割合しか占めていなかったためだ。また、当時ジンバブエからのダイヤモンド原石を研磨した商品を監視するトレーサビリティシステムがなかったことが原因である可能性もある。当時のダイヤモンド研磨業者は、その製造過程で原石の供給源を分けることはほぼ不可能だと主張していた。

2021年のKPデータに基づくラパポートの推定によると、アルロサは世界のダイヤモンド供給量の27%という非常に大きな割合を占めている。そのため、ロシア産ダイヤモンドに関する課題は以前までとは異なる。さらに、業界はその対応を可能にする原産地検証とトレーサビリティのプログラムに取り組んできている。ロシア危機はこれらの取り組みを加速させたが、トレーサビリティシステムを世界的な貿易の規定に組み込むことは、以前では考慮できなかった新しい要素になる可能性がある。

ギャップを解消する

実際、責任ある調達に向けたダイヤモンド業界の道のりは長いものだった。そして、常に新しい課題、考慮すべき新しい要素、および改善の必要が生じるため、この道のりには恐らく終わりがない。

この道のりは、間違いなく2003年のKP設立から始まったと言える。このスキームは、ダイヤモンド原石の国境を越えた流れを監視し、そのダイヤモンド原石が内戦に関与している反乱グループに資金を提供していないことを保証するために作成された。しかし、この紛争ダイヤモンドの定義は、KPの効力が及ぶ範囲を制限し(そして今も制限している)、人権を侵害して採掘されたダイヤモンド、または暴力を通じてテロに資金を提供したり、他の残虐行為の結果として採掘されたダイヤモンドが見過ごされることを許してしまった。

ジンバブエの事件は、このような抜け穴を明るみに出すものとなった。なぜなら、ジンバブエの事件では、加害者であり、また不正行為を通じてダイヤモンドの取引から利益を得たのは、反乱グループではなく政府機関だったからだ。(KPの紛争ダイヤモンドの定義は『反政府組織の資金源となるダイヤモンド』となってる。)さらに、ジンバブエ政府はKPのメンバーであり、KPに留まり続けるだけでなく2023年の議長国になるようにロビー活動をしていた。

このため業界は、ダイヤモンドの責任ある調達にますます敏感になっている消費者に対して倫理的な保証を提供するため、他の方法に目を向けることを余儀なくされた。責任あるジュエリー協議会(RJC)は、当時のKPにで既に不足していた幅広い問題に対応するため、2005年に設立された。同年、デビアスはベスト・プラクティス・プリンシプル(BPP)を立ち上げ、倫理的なダイヤモンドの供給を確保するため、KPでカバーされていない分野でベスト・プラクティスを適用するよう利害関係者を誘導している。

RJCとデビアスのBPPはどちらも、企業がそれぞれの基準を満たしているという相互信頼で成り立っており、責任あるサプライチェーンを確保するために、メンバー(少なくともRJC組織内)同士が取引を行うことを奨励している。

RJCの設立に深く関与し、現在も議長を務めている米国のシグネット・ジュエラーズは、2011年に金、スズ、タングステン、タンタルの責任ある調達プロトコルを発表し、2017年にはダイヤモンドの責任ある調達プロトコルを発表した。これは、米国最大のジュエリー企業であるシグネット社のサプライヤーが満たさなければならない基準であり、RJCの加盟を強く奨励した。

これらのプログラムやまたその他のプログラムを通じて、業界は責任ある調達に関するより幅広い問題に取り組むことがでた。これらは、業界の流通チャネルだけでなく、消費者にとってより重要になりつつある環境や平等性などの他の差し迫った問題にも触れるものとなった。また、2008年の金融危機後の銀行や規制当局の要件に従って基準を更新し、ガバナンスとコンプライアンスにも取り組んでいる。

原産地保証ダイヤモンド

ただし、これらRJCやBPPなどのイニシアチブは、一定の基準を満たすというメンバーのコミットメントに依存しており、個々のダイヤモンド自体には焦点を当てていなかった。ダイヤモンドが消費者に届くまでに何度も所有者が変わることを考えると、トレーサビリティーの一連の保管プログラムをダイヤモンドに適用できるかどうかは長年常に疑問視されていた。

過去5年間で、テクノロジーはその認識と現実を変えるものとなった。ブロックチェーン技術により、企業はデジタルフットプリントを作成し、所有権が変更されるダイヤモンドの取引を追跡できるようになった。これにより、企業は自社のサプライヤーとそのサプライヤーのサプライヤーを知ることができるようになり、小売宝石店が自信を持ってダイヤモンドを販売できるようになした。

デビアス、Sarine、GIA、Everledger、iTraceiTなどによるトレーサビリティプログラムは、業界で採用が遅れていたとしても過去数年間で着実に進行している。

それらトレーサビリティプログラムを通じて、企業は、鉱山での採掘から、カット・研磨、卸売、から小売までのダイヤモンド供給のストーリーを伝えることができ、その過程で社会に悪影響を与えなかっただけではなく、社会に積極的な貢献をしたことも保証できる。

このような特別な産地のダイヤモンドは、現在はそうではなかったとしてもプレミア価格で販売できることが考えられる。これらは、4Cがダイヤモンドの品質を示すのと同じように、別の側面での価値をジュエリーに付加することを示している。事実、デビアスの2021年ダイヤモンドインサイトレポートでは、持続可能性への配慮が、世界中消費者にとってダイヤモンドを購入する際に重視するポイントとして価格やデザインと同等であることが強調されている。

またその多くの消費者が、環境的および社会的に責任ある方法で取引されていることを証明できる天然ダイヤモンドブランドには、プレミア価格の支払をいとわないとその報告書は明らかにしている。

ブランドバリュー

結局のところ、現時点でこのアジェンダを推し進め、先導しているのはラグジュアリーブランドだ。ダイヤモンドの供給が適切な倫理基準を満たしていない場合に、それらラグジュアリーブランドは他の企業よりも大きな評判リスクを抱えている。これらのブランドイメージは、各ブランドが語るストーリーに基づいて構築されており、そのバリューはそのストーリーの核となる要素だ。

これは、すでに概説したサプライヤーについて知るイニシアチブとともに、業界の他の部分に、よりブランド的な考え方を採用することを強いている。これは最終的に、ダイヤモンド市場内でより強力なブランディングに向けた大きな変化をもたらすだろう。

このような要件を規定することで、制裁の最終的な性質に関係なく、業界によるサプライチェーン管理プログラムの採用が加速することになる。新しい制裁は、望ましい産地のダイヤモンドとそうでないものを区別することの価値を際立たせることになるだろう。

熟考されていないソリューション

この発表が米国だけでなく、G7からのものであるということは重要なポイントだ。これにより、他のセンターが過去1年間に米国が設定した基準に追従することを余儀なくされる。これは、EU、特に歴史的にロシア産ダイヤモンドの最大の輸出先であるベルギーに対して、これまで躊躇していた制裁を導入するよう圧力をかけるものとなる。ベルギー・アントワープのダイヤモンド業界は、ロシア商品がどのような形にせよ市場に流入するだろうと主張している。前回の記事で概説されているように、実際に過去1年間はそれが起こっている。客観的に見ると、アントワープは規制をすることによって、依然としてロシア産のダイヤモンドを自由に取引し続ける他のセンター、特にインドやドバイに市場シェアを奪われることを危惧しているようにも見える。

アントワープは、G7の発表を歓迎し、EUが単独で実施するよりもG7による実施の影響範囲がより広く効果的であることを指摘した。

アントワープ・ワールド・ダイヤモンド・センター(AWDC)の広報担当は、「市場の70%へのアクセスを制御することで、G7は完全に追跡可能で漏れのないシステムを作成する力を持ち、市場に真の影響を与えます。」と述べている。また「AWDCは、これが正しい方向への一歩であると信じており、この使命を完了するための継続的な取り組みをサポートします。」と述べた。

一方、「私たちは、単純で十分に考慮されていないソリューションには常に抵抗します。」と付け加えた。

プレミアムチャンス

もっと広い視野が求められている可能性がある。これらダイヤモンド市場の取引業社と企業は、将来予想される制裁を、責任ある調達が求められる市場の流れの中で、自分たちを差別化する機会と見なす必要があるだろう。G7で検討されている新しい措置はロシアのダイヤモンドを対象としているが、ダイヤモンドの特定の原産地に関係なく、大きな変化の問題に対処する必要がある。

さらに、トレーサビリティプログラムを規制に組み込むことで、環境、社会、ガバナンス(ESG)など、より幅広い問題を議論に含める機会が得られる。これらは差し迫った課題ではないかもしれないが、ウクライナでの戦争が解決された後にも長期的な影響を持つ可能性がある。

ロシア危機は、政府と業界による緊急の行動を要求している。進行中の制裁は、それらの国の企業に、善のための力になることを強いるだろう。

ダイヤモンド業界とジュエリー業界が、産地情報と保証を中心に商品の価値を構築する方向に業界を導くことが期待されている。それは最終的に、それらのダイヤモンドのプレミアム価値に繋がるだろう。

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