「男性は生涯に一度しかリングを制作できない」というキャッチコピーで知られる中国のブライダルジュエリーブランド『DR』は、新しく公開したCMで「10の非販売」を設定した。
DRについては以前の中国市場セミナーの中でも触れられているが、2010年に創業された中国のブライダルジュエリーブランドだ。同社は10年間で急成長し、2021年前半の売上は、中国最大のジュエリー企業である周大福の8割まで迫っている。
ダイヤモンドが愛の象徴というのは一般的なマーケティングだが、DRはこれに「唯一」という要素をプラスした。男性はDRで一生に一度しかエンゲージリングを購入することができず、購入時には身分証明書番号(マイナンバーのようなもの)を登録する必要がある。その情報は全店舗のネットワークに共有され、一度購入したら、その男性はどれだけお金を積んでも二度とDRのリングを購入できない。このコンセプトは女性たちの心に深く突き刺さり、唯一の愛を欲する彼女たちの独占欲、男性を拘束したいという欲望にマッチした。つまりDRはリングそのものではなく「唯一の愛」を商品化しており、これは商品のデザインや品質を超越した価値になった。この「唯一の愛」の証明を求めて女性は男性にDRの指輪を買うように迫ることになる。
一般的なブランドの基本戦略は、「新規顧客を拡大、獲得する」「リピート客を増やす」と言う二つの要素の掛け算に集約される。しかしDRの戦略はその真逆であり、「新規顧客を制限する」「リピートを禁止する」という方向性を採用した。今回のCMでは10の購入拒否の項目を補足追加し、よりブランドの原則を強化することにより、業界の注目を集め、様々な年代の消費者を惹きつけている。
*公開されたCMはこちらから視聴可能。
「真実の愛」を守るために、DRは以下の10の項目のいずれかに当てはまる人に「販売しない」と宣言している。
*「十不売 – 10の売らない」
- 優柔不断な人に、DRは販売しない
- 相手の長所や短所を評価し気にする人に、DRは販売しない
- 別の人の名前が心にある人に、DRは販売しない
- 未成年に、DRは販売しない
- 一時的な衝動の人に、DRは販売しない
- 結婚自体が目的の人に、DRは販売しない
- 自分のために買う人に、DRは販売しない
- 身分証を登録したくない人に、DRは販売しない
- 購入履歴を削除しようとする人に、DRは販売しない
- 二人目の為に購入する人に、DRは販売しない
この宣言は、それぞれの項目に当てはまる人に「DRは販売しない」と言っているが、このメッセージからブランドが本当に伝えたいのは「DRが提唱する愛の価値観」だ。この価値観はDRが創立時から堅持してきたブランド価値理念と本質的に一貫しており、核心理念を細分化、深化、シーン化させることにより、より際立たせている。表面上は購入者を限定し、顧客を狭めているように見えるが、この宣言により実際は特定の消費者を強く惹きつけるものとなる。
この「十不売」は否定式の表現方法で具体的な場面と状況を列挙することにより、DRが提唱する「真実の愛」へのより深い解釈を示している。これは元のブランドポリシーを延長させ、根底にあるブランド価値を明示し、真の愛の理念に対しての消費者の共感を求めている。DRはブランドの購入の敷居を前例のない高さにまで引き上げ、一部の潜在的な消費者グループを排除することにより、価値理念に共感する特定の消費者グループを強く惹きつけようとしている。
一方で、現在の厳しいジュエリーマーケットで多くのブランドや小売店がいかに量を多く売るかに注力している中、なぜDRは本来購入してもらえる潜在顧客をあえて「除外」するのだろうか。
心理的価値の強化
すべてのブランドは心理的価値を持っているが、それでも多くのブランドの心理価値パワーはそれほど強くない。例えば、ナイキやアディダスなどのスポーツブランドの心理的価値はスポーツ精神だが、それぞれのブランドの心理的価値の細部に大きな差を認める消費者は多くない。ほとんどの消費者は、機能、スタイル、モデルなどの物理的な価値を認識している。アップルやスターバックスなどのブランドは比較的多くの心理的価値を提供しているかもしれないが、それでも完全な意味での心理的価値ブランドとは言えないだろう。
しかし、DRは特別な「真の愛」という価値のアイデンティティを提供している。その中で心理的価値は中核であり魂となっており、ダイヤモンドリングはその価値を具現化する媒体として位置付けられる。つまり、DRの商品価値構造としてダイヤモンドリングの物理的な意味はそのうちの一部であり、それよりも重要なのは理念と、理念から発生した規則による「心の象徴」だ。
DRは真実の愛を提唱し、一人の男性が一生に一回、一つだけDRの指輪をオーダーメイドできると提案した。これは同時に、DRダイヤモンドリングを受け取った女性が、男性の約束と決心を信頼できるという意味になる。この観点から言えば、DRが販売する商品カテゴリーは実は「真の愛」となり、差別化されている。しかし一方で、他のほとんどすべてのジュエリーブランドもダイヤモンドリングを愛の象徴と宣伝しているため、DRは極めて厳格な購入規則を通じて「真の愛」に唯一性、排他性の定義を加え、自身を「真の愛、慎重な一生に一度の愛」の象徴とした。
この価値は、真実の愛を求める消費者の心に強く訴えるものとなる。データによると、2010年から2019年まで中国の離婚率は2%から3.4%に上昇し、平均10秒ごとに夫婦が離婚を選択している。価値観の多様化、結婚に対する恐れ、生活様式とリズムの変化など、価値観が変化しており、多くの若者が結婚を望まなくなっているのは、真実の愛に対する信頼が薄れているからだという。
DRが提唱し、堅持する真の愛は、この状況の中で人々が渇望し、望んでいるものだ。DRの「十不売」は人々に、(この世界を変えることはできないかもしれないが)愛する人の選択に最後まで責任を負うことはできると訴えかけている。今回のDRの理念の発信は、ブランド価値観体系の厳格化、細分化、成熟化であり、購入障壁の厳格化でもある。そして、それはDRが社会化ブランドに向かって一歩を踏み出したことを示している。
社会化ブランドとは何か
社会化ブランドとは、ソーシャルポジショニングを持つブランドという意味だ。つまり、あるブランドを選択することが、消費者にとって特定の価値観を選択することに等しくなる。
DRに関して言えば、DRのダイヤモンドリングをパートナーに贈るのは、相手を唯一の選択と認定することになる。公共の場でDRを見せることは、すべての人に真実の愛の唯一性と排他性を認めることだ。真実の愛の協定書にサインすることは、実際の行動で真実の愛を認め、激しく変化する社会の中で変わらない愛を守ることを意味する。
ブランドが消費者の価値観を代弁できる場合、それは強い社会的影響力を持ち、コアターゲットとなる消費者がブランド理念に基づいてより多くの人に影響を与えることになる。DRは、真実の愛というブランド文化に対する理解と宣伝で、社会コンセンサスを作る社会化ブランドを目指している。
本当のラグジュアリーを再定義する
DRは大量消費財ではなくラグジュアリー製品のカテゴリーにあり、高頻度の消費を必要としない。また、「新興ラグジュアリーブランド」として、従来のラグジュアリーブランドとの十分な価値差別化を形成している。
多くのラグジュアリーブランドは希少性を強調することによってブランド価値を高めようと考える。そしてそれは購入制限という形をとることが多い。例えば、ロールスロイスが購入者の身分審査を行うという「伝説」はよく知られている。また比較的一般的な手法は供給を減らすことだ。例えば、エルメス、ロレックスの人気商品は常連客にだけ販売し、新規顧客はその他の商品しか購入できない。しかし、必ずしもそれらブランドが多くの商品を生産できないというわけではなく、その現象の理由の多くはブランドが意図的に「希少性」を作る手段だ。これらの手段の多くは、購入者にとって「お金がなければ買えない」という側面を強調するだけだ。この限定は一般庶民にとっては魅力的に見えるが、本当の富裕層にとってはギミックに過ぎない。
一方で、いくつかのラグジュアリーブランドは市場の誘惑に耐えられない。例えば、前述のロールスロイスは、中国の強力な新富裕層の購入需要の前で、いわゆる「身分審査」を廃止した。現在多くの国でどんな消費者でもお金を支払えばロールスロイスを購入できる。
対照的に、DRは、身分証の提示による一生に一度の購入、厳格な「十不売」によって、「希少な真の愛」といった社会的現実によって生み出される希少性を生み出した。
DRはこのブランドコンセプトによって、一貫した価値を持つ消費者のみに購入を許可することを選択し、「お金がなければ買えない」よりもはるかに厳しい購入基準を設定した。一生に一度という選択を提示することによってDRは「希少」を超えた「唯一無二」の価値を創造している。この、DRが提唱する価値観は、特定のグループの人々の価値観と一致しており、DRは従来のジュエリーよりもはるかに強力なポジショニングを持つようになる。
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