金価格1オンス3,600ドル(約54万円)突破、国内地金も1g=19,000円台到達―揺れる国際相場

2025年9月9日、国内の金価格の指標である田中貴金属工業の小売価格が、史上初めて1グラムあたり19,000円の大台を突破した。これは、数年前から金融市場で囁かれていた「1オンス=4,000ドル」という予測が、円安と相まって現実のものとなった瞬間だ。もはや「素材コストの高騰」というレベルではない。金が宝飾品の素材という枠を超え、通貨や安全資産としての性格を強める構造変化に、宝飾業界は否応なく直面している。我々はこの現実をどう受け止め、ビジネスモデルをどう変革すべきか。岐路は目前に迫っている。

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予見されていた熱狂、背景に世界経済への根深い不信

金相場は2025年、世界的に歴史的な高値圏を迎え続けている。5月27日、金のスポット価格は1オンスあたり3,600ドル(約54万円、1ドル=150円換算)を突破し、今月2度目の大台乗せとなった。この上昇は、直前の3,500ドル超えからわずか1週間足らずの急展開であり、翌28日には一時3,673ドル(約55万円)にまで迫る場面も見られた。最新の取引時点では3,637ドル(約54万6,000円、1gあたり約1,736円)となっている。年初からの上昇率は35%を超え、金融大手UBSが「今年の主要資産で最もパフォーマンスが良い」と評するほどの熱狂ぶりであった。

このラリーの直接的な引き金は、米連邦準備制度(FRB)の利下げへの期待感だった。しかし、より根底にあったのは、景気後退への懸念や貿易・関税を巡る地政学リスクといった、世界経済の先行きに対する構造的な不信感である。J.P.モルガンの商品戦略責任者ナターシャ・カネヴァ氏が当時、「4,000ドルは十分にあり得る」と指摘した通り、金は不確実な時代における究極の逃避先として、その価値を増大させていったのだ。

「5,000ドル」シナリオが意味するもの

さらに衝撃的だったのは、ゴールドマン・サックスが金を「最も確信度の高い買い推奨」と位置づけ、提示したシナリオである。同行は、時の大統領がFRBの独立性を脅かすような事態となれば、金は5,000ドル/oz(約24,100円/g)に達する可能性があると警告した。これは、金価格が単なる需給や金利で動くのではなく、国家や中央銀行への「信認」そのものを問う指標となり得ることを示唆していた。金がコモディティから、グローバルな基軸通貨「ドル」と対峙するほどの「無国籍通貨」へと回帰する可能性を、市場が織り込み始めた瞬間であった。

中国Z世代が市場を席巻、「足金」ブームという名の資産防衛

こうしたなか、特筆すべきが中国市場の動向だ。中国では「足金(Zú jīn)」と呼ばれる純度99.9%以上の金製品が圧倒的な人気を誇り、若年層や中間層を中心とした“金消費ブーム”が金相場全体を牽引している。伝統的価値観と結婚・出産など新たなライフイベント需要が融合し、足金製品店舗が各都市で急増。SNSを活用したトレンド発信やギフト文化の変化も、金需要の底堅さを下支えしている。

足金の売買は実需として現物志向が強く、中国全体の金需要を強力にプッシュ。資産防衛、家族の繁栄、また新富裕層の“一点もの志向”が重なり、地金需要が年々増大している現実は、日本やアジア周辺国の金相場にも無視できない波及効果を及ぼしている。中国発の金ブームは単なる一時的現象にとどまらず、グローバルな相場推進力として今後も注目せざるをえない。

ジュエリー業界の立場で見れば、この中国足金文化は、日本の金製品マーケティングや商品企画にも少なからずヒントとなるものだ。資産価値・贈答価値の両立、現物志向の強調など、中国スタイルをうまく自国市場にも取り込む戦略が今後求められるだろう。

「金1g=2万円」時代を生き抜くための3つの針路

そして今、1グラム19,000円を突破し「2万円時代」が目前に迫る中で、宝飾業界に求められるのは、従来の常識をすべてリセットする覚悟と、以下の3つの戦略的転換だろう。

  1. 地金調達から「資産防衛」へ もはや地金は「仕入れる素材」ではない。「防衛すべき企業資産」である。先物やオプション取引を駆使したリスクヘッジは当然のこと、リサイクル事業を単なるコスト削減ではなく、安定調達を担う戦略部門として位置づける必要がある。国内に眠る「都市鉱山」は、今や海外鉱山に匹敵する価値を持つ戦略資源なのだ。
  2. 商品戦略の「二極化」と「脱・金本位制」 金の資産価値を求める顧客には、その価値を体現する高純度・高品位のインゴットやコイン、そして資産性を持つ宝飾品を明確に提案する。一方で、装飾性を求める顧客に対しては、金の含有量に固執する「金本位制」的な発想から脱却せねばならない。K10やシルバー、代替新素材の活用はもちろんのこと、卓越したデザイン、唯一無二のストーリー、職人の技巧といった「金の価格を超越する付加価値」こそが、新たな競争力の源泉となる。
  3. 「サステナビリティ」という新たな価値基準の確立 リサイクルゴールドの使用は、コスト面だけでなく、環境負荷の低減や倫理的配慮という点で、現代の消費者が求める重要な価値基準である。これをブランドの根幹に据え、トレーサビリティを明確にした上で積極的に発信することは、価格競争から一線を画し、企業の信頼性とブランド価値を高める強力な武器となる。

金価格が歴史的な領域に達した今、我々は「金のジュエリーを売る」という発想から、「金という価値を、ジュエリーという形を通じて顧客にどう届けるか」という視点への転換を迫られている。この構造変化を脅威と捉えるか、あるいは新たな価値創造の好機と捉えるかが試されている。

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