金20,000円/g時代。構造価格、歴史、そしてテクノロジーの時代へ。

2025年10月現在、金価格は日本円ベースで過去最高水準にある。田中貴金属工業の店頭小売価格は10月初旬に1グラム21,000円を超え(10月7日時点21,268円)、過去20年間で3倍以上の水準に達した。
円安、インフレ、地政学的リスク、そして中央銀行による金の大量購入。複数の要因が複雑に絡み合いながら、金という古典的資産が再び脚光を浴びている。この20年間の価格推移を時代背景とともに整理し、金がなぜ価値を持ち続けるのかという構造的要因を確認したうえで、今後の市場展望と価格メカニズムの変化を展望する。


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1. この20年の価格変動と時代背景

2005〜2008年:資源高と信用収縮の序章

2000年代半ば、金価格は1グラム2,000〜3,000円台。世界的な資源高と中国の経済拡張が金需要を押し上げた。
2008年、リーマン・ショックを契機に金融市場が混乱し、「安全資産」としての金が買われた。金は、信用の危機に対して最も原始的な「価値の避難先」としての機能を再び発揮した。

2009〜2012年:金融緩和と通貨不安の時代

リーマン後の世界では、各国中央銀行による量的緩和が金利を押し下げた。実質金利がマイナス圏に沈むと、利息を生まない金が相対的に有利となる。
ドルやユーロといった基軸通貨の信認が揺らぎ、「通貨の信頼不安」と「マネー拡張」が金への資金流入を呼んだ。円建てでは5,000円台を突破し、名実ともに“通貨代替資産”の地位を固めた。

2013〜2016年:アベノミクスと円安効果

2013年以降の日本では大胆な金融緩和が進行し、円安が加速した。ドル建て金は一時的に下落したが、円建てでは6,000円台後半を維持。
この頃から日本の個人投資家の間で「金積立」が定着し、地金購入が再び一般化した。

2017〜2020年:政治リスクとコロナショック

米中摩擦、英国EU離脱、地政学リスクの高まりが金を支えた。そして2020年の新型コロナウイルス危機では、世界の株式市場が急落し、金は相対的な安全資産として史上初の2,000ドル/オンス超を記録。
円建てでも8,000円台に乗せ、金が「非相関資産」として投資戦略の中核に組み込まれる転機となった。

2021〜2025年:インフレと中央銀行の買い越し

2022年以降のインフレ局面では、金融引き締めにもかかわらず金価格は下がらなかった。実質金利は依然として低位にあり、リスク資産のボラティリティが高まるなかで、金の「安定感」が評価された。
特筆すべきは各国中央銀行の動きである。ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によれば、2022年以降、3年連続で年間1,000トンを超える純購入が続き、金の需給構造に“恒常的な底支え”が生まれている。
加えて、2025年のドル/円相場は150円前後と円安が進み、これが円建て価格を2万円台へと押し上げた。
金は「安全資産」であると同時に、「通貨価値の防衛手段」として改めて機能している。


2. 金が価値を持つ理由──歴史と物性の両輪

(1)歴史的基盤:通貨の信認を支えた金

金は紀元前7世紀、リュディア王国(紀元前7~6世紀、アッシリア帝国滅亡の4国分立時代に、小アジアを支配した国家)で貨幣として鋳造されて以来、国の信用を支える基盤であり続けた。
19世紀の金本位制、20世紀のブレトンウッズ体制を通じて、金は“貨幣の裏付け”であり続けた。
1971年、米国による金兌換停止により制度的裏付けは失われたが、中央銀行は今なお金を保有し、世界経済の不確実性を測る「信認の指標」として位置づけている。

(2)物理的基盤:化学的安定性と希少性

金は酸化せず、腐食しない。化学的安定性に加え、延性・展性に富み、極薄に延ばしても破断しにくい。
導電性・熱伝導性にも優れ、電子部品や航空宇宙、医療分野における工業用途は拡大を続けている。
また、金の地殻存在量はおよそ0.004ppm。採掘・精製コストの高さが希少性を裏打ちしている。
こうした特性が、「時間に耐える価値」という観念を実体として支えている。


3. 現在の価格を形づくる四つのメカニズム

金価格を左右する主要な構成要素は、以下の4点に整理できる。

  1. 実質金利(Real Interest Rate)
     名目金利からインフレ率を差し引いた値。実質金利が低下すると、利息を生まない金の保有コストが相対的に下がり、価格上昇につながる。
  2. 為替(円安・ドル高)
     国際市場での取引はドル建てで行われるため、円安局面では円建て価格が自動的に上昇する。
  3. 地政学・政治リスク
     戦争、政変、金融危機などのリスク要因が高まると、リスク回避資金が金に流入する。
  4. 中央銀行とETFの需要構造
     国家と機関投資家による保有比率の変化が需給を規定する。特に近年の中央銀行買い越しは価格上昇を構造的に支えている。

これらは互いに独立ではなく、たとえば「利下げ→ドル安→円安→インフレ再燃→金上昇」という連鎖的メカニズムを形成する。
金価格は単なる商品相場ではなく、「通貨」「政策」「心理」を同時に映す総合指標と言える。


4. テクノロジーが変える金市場の構造

金市場は、静かにデジタル化の波を受けている。
ワールド・ゴールド・カウンシルが主導する「Gold247構想」は、取引・保管・真正性を包括的にデジタル化する取り組みだ。

  • Gold Bar Integrity(GBI):金バーの来歴・真正性をブロックチェーンで追跡。
  • Wholesale Digital Gold:機関投資家向けにリアルタイムで取引・決済できる基盤。
  • Standard Gold Unit(SGU):国際的に共通化された単位設計による取引の標準化。

これにより、金市場は「物理的資産+デジタル信頼インフラ」として再編される。
さらに、「トークン化金(Tokenized Gold)」の市場は急拡大しており、金を裏付けとするデジタル資産をブロックチェーン上で少額取引する仕組みが整いつつある。
ジュエリー業界においても、ESG・責任調達・真正性証明を一体で管理する流れは避けがたい。来歴を明示できる金だけが、将来「信頼の資産」として残るだろう。


5. 今後の展望:三つのシナリオ

金市場の将来を見通すには、マクロ経済・金融政策・為替・地政学の複合的なシナリオ分析が有効だ。

シナリオ①:緩やかな利下げとインフレ持続(強含み)

米国が段階的に利下げに転じ、実質金利が再び低下。地政学リスクとインフレ圧力が共存する状況では、金はドル建てでも史上高値圏を維持する可能性が高い。
円安が続けば、円建てではさらに上昇余地がある。2026年にかけて1g=22,000円台への上伸も視野に入る。

シナリオ②:急速なデフレ・景気後退(調整局面)

金融システム危機や景気後退による流動性需要が急増すれば、一時的な金売り(現金化圧力)が生じる。ただし、その後の政策緩和で再び買いが戻る傾向がある。
過去のパターンでは、短期調整の後、半年〜1年で価格は回復している。

シナリオ③:金利上昇・ドル高定着(軟調)

インフレ抑制が進み、実質金利が正方向に安定した場合、金の相対的魅力は低下する。ドルが強含む局面では、ドル建て金は下落しやすくなる。
もっとも、円安が並行して進むと、円建てでは価格が維持される可能性もある。

現実の市場はこれらの要因が並行して作用するため、金価格は「金融環境」「為替」「リスク認識」のバランスで決まる。
ジュエリー業界にとっては、為替感応度と在庫リスクを同時に見なければならない。


6. 日本市場と業界への示唆

金価格の上昇は、ジュエリー企業の調達・在庫・価格戦略に直接的な影響を与えている。
とりわけ円安が続く局面では、仕入れコストの上昇が販売価格に転嫁しにくく、マージン圧迫要因となる。
一方で、金価格上昇は「資産性ジュエリー」への需要を喚起し、販売訴求の方向性を変えつつある。顧客は「ファッション」ではなく「保存価値」を基軸に商品を選ぶ傾向を強めている。

業界が対応すべき課題は三つ考えられる。

  1. 真正性・トレーサビリティ管理:Gold247など国際基準への早期対応。
  2. 為替・在庫ヘッジ戦略:価格変動をリスクではなく収益機会に転換する体制づくり。
  3. 顧客教育・情報開示:金の価格構造や来歴を透明に伝えることが、信頼を生む。

7. 変わらぬ「信頼」と変わる「仕組み」

金は、最も古い資産でありながら、最も新しいテクノロジーと結びつこうとしている。
その価値を支えるのは、美しさでも神秘性でもなく、物理的安定性・制度的信頼・心理的安全という三層構造だ。

価格は変動しても、金という素材が担う「信認の代替機能」は揺らいでいない。
そして今、ブロックチェーン・デジタル台帳・トレーサビリティの進展によって、その信頼は「可視化可能な信頼」へと進化しつつある。

金はもはや静的な資産ではない。
それは、テクノロジーによって新しい秩序へと再定義される「動的な価値保存資産」だ。
この変化を最も敏感に感じ取るべき業界こそ、金を扱うジュエリー業界ではないだろうか。

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