
先日、東京で開催された国際宝飾展では、ラボグロウンダイヤモンドに関するパネルディスカッションが満席となっており、ラボグロウンダイヤモンドが改めて宝飾業界において重要な検討対象となりつつあることがうかがえた。
一方で、業界内であっても、ラボグロウンダイヤモンドを「比較的最近になって登場した新技術」と捉えているケースは少なくない。確かに、宝飾用途として市場が急速に拡大したのはここ十数年のことであり、その意味では「新しい市場」であることは事実である。しかし、技術史という観点で見れば、ラボグロウンダイヤモンドはすでに半世紀以上にわたる研究と試行錯誤の積み重ねの上に存在している。
ラボグロウンダイヤモンドは、単なる宝飾用途の新しい素材ではなく、材料科学と産業技術の歴史そのものと深く結びついている。人類の歴史の中でダイヤモンドは長らく「希少な天然物質」として扱われてきたが、その物質的本質が炭素であることが科学的に理解されたのは18世紀末のことであった。フランスの科学者アントワーヌ・ラヴォアジエや英国のスミソン・テナントらが、ダイヤモンドが炭素で構成されることを示したことが、合成の理論的可能性を開いた。この認識が、後の人工ダイヤモンド研究への出発点となった。
工業分野としての出発点
ラボグロウンダイヤモンドは、宝飾用途を目的として誕生した素材ではない。その出発点は、切削工具、耐摩耗材、熱拡散材といった工業・材料分野の要求にあった。
20世紀半ば、材料科学の進展を背景に、人工的にダイヤモンドを生成する研究が本格化する。1950年代初頭には、米国ユニオン・カーバイド社の研究者ウィリアム・エヴァーソールが、化学気相成長法(CVD)により微小なダイヤモンドを生成したことが確認されている。続いて1953年にはスウェーデンのASEAが高圧高温法(HPHT)による合成に成功し、1954年には米国ジェネラル・エレクトリック社(GE)が再現性のあるHPHT合成を公表した。
この時点で確立されたHPHTとCVDという二つの技術系統が、その後のラボグロウンダイヤモンド技術史の基軸となる。
HPHT法の確立と「工業用途の最適解」
HPHT法は、天然ダイヤモンドが地球深部で形成される高圧高温環境を人工的に再現し、炭素をダイヤモンドへ転移させる技術である。実用化においては、鉄・ニッケル・コバルトなどの金属溶媒を用いた結晶成長が主流となった。
この方式は工業用途において極めて有効であり、硬度・耐久性に優れた結晶を安定して得ることができた。一方で、宝飾用途の観点では制約も明確であった。金属由来の内包物が結晶内に残存しやすく、色調は黄色から褐色を帯びるものが多い。結晶サイズも0.1~0.3ct程度が中心であり、宝飾用途として安定的に研磨できる原石は限定的であった。
この時代のラボグロウンダイヤモンドは、明確に工業材料・研究試料として位置づけられており、宝石としての美観や市場流通を主目的としたものではなかった。
1971年のGE報告と市場化との断絶
1971年、GEはHPHT法を用いて、研磨可能なサイズのダイヤモンド結晶を得たことを報告している。この事実は、ラボグロウンダイヤモンド史における重要な技術的到達点である。
しかし、ここで注意すべきは、「研究レベルでカット可能な結晶が得られたこと」と「宝飾市場に供給されたこと」は全く別であるという点だ。GIAが1996年にまとめた包括的な報告では、GE、デビアス、日本の住友電工はいずれも、合成ダイヤモンドを工業・技術用途以外としては販売していないと明記されている。したがって、これら三社が宝飾用途を前提として原石を放出し、市場に流通させていたとは考えにくい。
原石管理と「技術情報を内包する結晶」
2010年代後半に至るまで、ラボグロウンダイヤモンド技術は、ごく限られた企業・研究機関のみが保有する高度なノウハウであった。合成プロセスだけでなく、結晶形状そのものが技術情報の塊であり、それらを直接内包する原石は厳重に管理される対象であった。
原石は研究用途や工業用途を前提とした試料として扱われ、社外に出る場合でも用途や数量は厳しく制限されていた。宝飾市場への供給を前提とした原石流通は想定されておらず、すべて記録管理のもとで運用されていた。
また、ラボグロウンダイヤモンドは原石外観の面でも天然ダイヤモンドとは明確に異なる。立方体状やキューボオクタヘドラルと呼ばれる、天然とは明らかに異なる結晶形状を示すため、仮に当時原石が市場に流通していれば、相当の混乱を招いた可能性が高い。これは鑑別機器の有無以前の問題であり、結晶成長メカニズムそのものが外観に現れていたためである。現在でも、ダイヤモンド業界関係者であれば、原石を目にした時点で天然ではないことを容易に判断できるだろう。
1990年代の鑑別技術と到達点
1990年代は、鑑別技術が大きく進展した時期でもある。ラボグロウンダイヤモンドの存在に対応するため、鑑定機関において赤外線分光分析(FTIR)や紫外可視分光分析といった基礎的な分析手法が導入されていった。GIAの報告では、当時検査されたラボグロウンダイヤモンドは、標準的な宝石学的手法によって確実に識別可能であったと結論づけられている。
つまり、1990年代の段階で、ラボグロウンダイヤモンドは「鑑定機関で見抜けない存在」ではなかった。原石段階でも、研磨後であっても、当時の技術的特徴は比較的容易に看破可能であった。
CVD技術の成熟と宝飾市場への転換
技術史における大きな転換点は、CVD法の成熟である。CVDは炭素を含むガスをプラズマ化し、基板上にダイヤモンドを成長させる方法で、金属溶媒を用いないため高純度化に適している。
2000年代後半以降、ガス組成制御、成長条件の最適化、成長後のHPHT処理の併用などにより、無色透明に近い結晶の生成が可能となった。2012年、米国ジェメシス社がCVD法による無色系ラボグロウンダイヤモンドの販売を開始したことは、宝飾市場における象徴的な出来事であり、事実上、市場にラボグロウンダイヤモンドが本格的にローンチされた年と位置づけられる。
ただし、当時の価格は1ctあたり約5,000ドル前後と高水準であり、「ラボだから安価」という単純な構図ではなかった。
現在の技術水準と鑑別の位置づけ
現在のラボグロウンダイヤモンドは、物理的・化学的性質において天然ダイヤモンドと同等である。その結果、鑑別は1990年代と比べてはるかに高度な分析を要するようになった。
しかし、これは鑑別が不可能になったことを意味するものではない。適切な設備と知見を備えた鑑定機関であれば、現在においてもラボグロウンダイヤモンドを識別することは可能である。違いは「可能か不可能か」ではなく、「容易か困難か」にある。
技術史として見た現在地
ラボグロウンダイヤモンドの技術史を振り返ると、
工業材料としての誕生 → 研究レベルでの宝飾品質到達 → CVD成熟による市場化
という明確な段階が存在する。
この技術史を正しく理解することは、現在の市場を冷静に捉え、今後の品質、表示、鑑別、流通を議論するための共通基盤となる。ラボグロウンダイヤモンドは、人類の材料科学の探求が生み出した成果であり、その価値は宝飾分野においても、今後さらに多面的に評価されていく。




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