
かつてフランス王妃マリー・アントワネットが所有したとされるピンクダイヤモンドをあしらったJARのリングが、ニューヨークのクリスティーズで開催された最新のジュエリーオークションの主役となった。予想落札価格700万ドルを大きく上回る1400万ドル(約20億円)という驚異的な価格で落札され、オークション会場を熱狂させた。
このリングに輝くのは「マリー・テレーズ・ピンクダイヤモンド」と呼ばれる、カイトシェイプの10.38カラット、ファンシーパープルピンクのダイヤモンドである。18世紀半ばに遡ると考えられているこの石は、まさに歴史の証人だ。
その逸話は、フランス革命の激動の時代へと我々を誘う。1791年、パリからの脱出を試みるも失敗に終わる前夜、マリー・アントワネットは最も信頼する美容師に、自身のコレクションから他の宝石と共にこのダイヤモンドを託したと伝えられている。革命の嵐が吹き荒れる中、王妃の身辺は危険に晒されていた。万が一の事態を案じた彼女は、愛する宝石だけでも安全な場所へ、そして生き残るであろう自身の唯一の子、マリー・テレーズ王女(後のアングレーム公爵夫人)のもとへ届けられることを願ったのであろう。これらの宝石は、王妃の願い通りマリー・テレーズ王女の手に渡り、その後、一族の間で代々受け継がれてきたという、数奇な運命を辿ったのである。
マリー・アントワネットは、フランス王妃として華やかに生きた女性である一方、贅沢や陰謀の象徴として世間の非難を浴び、最後はギロチンにかけられて生涯を閉じた。しかし、彼女が大切にしていた宝石の数々は、波乱の歴史を経て次世代へと受け継がれた。歴史の闇に消えた財宝が、200年以上の時を超えてオークションの舞台に現れる—まるでロマン小説の一場面を現実がなぞらえたかのようである。
今回の落札により、このリングはJARジュエラーの作品として、またファンシーパープルピンクダイヤモンドとしても、オークションにおける世界記録を樹立したとクリスティーズは発表した。

6月17日に開催された「マグニフィセント・ジュエルズ」オークションは、この歴史的なダイヤモンド以外にも、著名な慈善家のアン・ヘンドリックス・バスやルシール・コールマンの個人コレクション、さらには王室コレクション由来のムガル帝国の秘宝3点など、綺羅星のごときジュエリーが出品された。
オークション全体の総落札額は8770万ドル(約137億円)に達し、クリスティーズ・アメリカにおける複数オーナーによるジュエリーオークションとしては過去最高額を記録。特筆すべきは、出品された全てのロットが落札されるという「ホワイトグラブセール」(全品落札)を達成したことである。これはクリスティーズにとって今年2度目の快挙であり、ジュネーブで開催された「マグニフィセント・ジュエルズ」オークション(総落札額7240万ドル)に続くものであった。
クリスティーズのジュエリー部門国際責任者であるラフル・カダキアは、「今シーズンの結果は、卓越した希少性、来歴、そして職人技を持つジュエリーに対する途方もない需要を浮き彫りにしています。個人コレクションや素晴らしい宝石は、熱狂的で競争力のある入札に迎えられました」と語る。
コメント