
ベルギー、アントワープに本部を置くHRD Antwerpは、2026年よりラボグロウンダイヤモンドのルースに対するグレーディングレポートの発行を取りやめ、今後は製品化されたジュエリーへのレポートサービスのみを続ける、という決定を下した。
今回の決定について、報道や業界関係者の多くは「天然ダイヤモンド陣営による、ラボグロウンダイヤモンドへの“包囲網”強化」と位置付けている。HRDの決断は、グレーディングレポートの発行制度を通じて両者の立場の“明確な線引き”を図るとともに、アントワープの天然ダイヤモンドの国際取引ハブとしての役割を改めて強調し、天然ダイヤモンド産業の中心地としての存在感を示す目的もある。
ラボグロウンダイヤモンドに対する業界の動きは、ここ数カ月で加速している。デビアスの宝飾用ラボグロウンダイヤモンド撤退を皮切りに、最近GIAは、従来の天然ダイヤモンドと同様の4C評価基準を停止し、ラボグロウンダイヤモンド向けには「Premiun」「Standard」などの記述型評価に切り替えると発表した。また、AWDCは「ガムマシーン(ガチャ)」を使った「ラボグロウンダイヤモンドは廉価品」というキャンペーンを展開。ニューヨークではナチュラルダイヤモンドカウンシル(NDC)によるビジュアル広告が波紋を広げた。
この連鎖は、鑑定機関やプロモーション団体が一体となり、天然ダイヤモンド市場の独自性や希少性を共通価値へと据え直す動きの一環と捉えられる。
影響は限定的、むしろ新たな活路の可能性も
ただし、HRDによるラボグロウンダイヤモンドルースへのレポート発行停止は、ニュースとしての表面的なインパクトこそ大きいが、実際の産業の流れにどこまで波及するかは冷静な議論が必要だ。
まず、HRDのラボグロウンダイヤモンド分野での現在のレポート発行シェアは非常に限定的だ(HRDのシェアはGIAと比べても更に小さい)。同分野では今もIGIなどの鑑定機関が従来どおり天然ダイヤモンドと同一の基準を用いたグレーディングレポートを発行している。加えて、HRDのレポート発行停止はルース(裸石)に限られ、製品ジュエリーへのレポート発行は継続される。
また、サプライチェーンは世界規模で展開されており、主要生産地での現状の評価体制が整っている。さらに現在、ラボグロウンダイヤモンドの小売価格は天然ダイヤモンドの1/3以下まで下落しており、そのコストパフォーマンスは多くの消費者に選ばれる最大の強みとなっている。
つまり、レポートや基準の変更だけでラボグロウンダイヤモンド市場の流れが劇的に変わることは考えにくい。いずれにしても、HRD(そしてGIA)のラボグロウンダイヤモンドのレポート発行シェアから考えると、これらの動きは業界への大きな影響を与えるためというよりは、天然ダイヤモンド業界に向けた自社のスタンスの表明と捉えられる。

今後の価値基準とセグメンテーション
しかし、これら一連の動きから考えると、天然ダイヤモンドとラボグロウンダイヤモンドの「市場分岐」が今後進行する可能性がある。これからのラボグロウンダイヤモンドには、天然ダイヤモンドの廉価版というイメージや既成のブランドに依存しない独自の価値訴求、“技術”や“環境”など新たな評価軸の確立が必要となるだろう。
たとえば、成長技術や生産管理、自由度の高いデザイン表現など、“稀少性”に替わる複数のストーリーが構築できる。レポートにおいても、光学特性や成長プロセスなど顧客本位のパラメータを新たな基準に盛り込むことで、消費者の納得感や選択の指針を提示するブランドも現れている。
また、ブランド主体のバリューチェーン垂直統合を進め、自社独自の証明書/品質保証やライフスタイル提案を打ち出すことで、高付加価値化・ターゲット細分化も可能となる。
市場への示唆と4Cの行方
今後、小売の現場でもレポート表記や鑑定レポートの基準、消費者への説明責任への対応が求められる。また、従来の枠組みにとらわれないオリジナルな商品企画・価値訴求をする契機でもある。
一方でラボグロウンダイヤモンドが物質的、化学的に天然ダイヤモンドと同一である以上、天然ダイヤモンドと同様のグレーディングが技術的には可能だ。そうである以上消費者からはその品質を正確に知ることを求められる可能性が高く、特に日本のように高品質商品の需要が高い市場においてはDとEの違いは大きな意味を持っている。
実際、ラボグロウンダイヤモンドの販売現場においては現在、天然ダイヤモンドと同様の評価基準が多く採用されている。これは、消費者がラボグロウンダイヤモンドを購入する際にも、品質を客観的に比較・判断できる正確な指標を必要としていることを示している。特に価格帯が広がり、ジュエリーとしての価値や美しさに対する関心が高まるにつれ、従来の天然ダイヤモンドと同じ基準で評価された情報が購入意思決定において重要な要素となっていると考えられる。
結果として、消費者の需要がこの評価基準の定着を後押しているという背景がある。つまり、市場は供給者主導ではなく、消費者の信頼と納得を得るために、共通の品質基準を共有する方向で形成されていることを考慮すると、天然ダイヤモンドと同様の評価基準が引き続き使用される可能性は高いだろう。
天然ダイヤモンドとラボグロウンダイヤモンドが4Cの「文言」ではなく、それを超えた独自の価値を訴求し、それぞれの市場を拡大することが強く望まれている。
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