
コスト削減と市況対応を目的に生産を一時停止
デビアス・グループは7月13日、南アフリカ共和国のヴェネチア鉱山について、今後2年間にわたりダイヤモンドの生産を一時停止する方針を発表した。
同社は、天然ダイヤモンドの原石取引を取り巻く環境が短期的には引き続き厳しいとの見通しを示しており、今回の措置はコスト削減と事業基盤の強化を目的とするものだという。
ヴェネチア鉱山を完全に閉鎖するわけではなく、生産停止期間中も重要インフラへの投資を継続し、鉱山の処理能力や効率性を高める計画だという。市況が改善した段階での生産再開と将来的な増産に備え、資産価値と操業上の選択肢を維持する考えだ。
南アフリカのダイヤモンド生産の4割を占める重要鉱山
ヴェネチア鉱山は、南アフリカ北東部のリンポポ州に位置し、ボツワナおよびジンバブエとの国境に近い場所にある。1992年に操業を開始し、現在では生産額ベースで南アフリカ最大のダイヤモンド鉱山とされる。
同鉱山は南アフリカ国内の年間ダイヤモンド生産量の40%以上を占め、デビアス全体の生産量に対しても約10%を占める重要拠点である。従業員および請負業者を含む関係者は約3,500人に上ると報じられている。
デビアスは、影響を受ける従業員への支援を行うとともに、地域社会への投資や南アフリカにおける社会・労働計画上の義務を継続すると説明している。ただし、雇用への具体的な影響や人員削減の規模については、現時点では明らかにされていない。
23億ドル規模の地下鉱山化直後に方針転換
ヴェネチア鉱山では、約30年間にわたって行われてきた露天掘りが2022年に終了し、約23億ドルを投じた地下鉱山への移行が進められてきた。地下からの生産は2023年7月に開始され、当初は2040年代半ばまでの長期操業が想定されていた。
実際、2026年第1四半期におけるヴェネチア鉱山の生産量は74万カラットとなり、前年同期比53%増加していた。地下鉱石の処理量拡大が増産の主な要因であり、操業面では本格的な生産拡大局面に入りつつあった。
それにもかかわらず生産停止を決断したことは、現在の天然ダイヤモンド市場において、生産能力の拡大よりもキャッシュフローと在庫管理が優先されていることを示している。
原石価格指数は前年同期比17%下落
デビアスの2026年第1四半期の原石販売量は770万カラットで、前年同期を大きく上回った。一方、平均実現価格は1カラット当たり101ドルとなり、前年同期比で19%低下した。
同社が公表する原石価格指数も前年同期比17%下落している。販売量は増えたものの、価格下落と低価格帯商品の比率上昇によって、収益性には依然として強い圧力がかかっている。
デビアスは、地政学的緊張、関税を巡る不透明感、中国における宝飾品需要の低迷などが、原石市場の回復を妨げていると説明している。
加えて、ラボグロウンダイヤモンドの普及による消費者選択肢の拡大も、特に米国のブライダル市場を中心に天然ダイヤモンドの価格形成や販売構造に影響を与えている。
アンゴラの増産が供給調整を難しくするとの見方
デビアスはこれまで、自社の生産量を市場需要に合わせて調整することで、原石価格の安定を図ってきた。しかし直近の報道では、アンゴラなど他の生産国からの供給増加が、デビアス単独による生産調整の効果を弱めているとの指摘もある。
Bloombergは、需要低迷に加えてアンゴラ産原石の供給増加が市場に重くのしかかっており、デビアスによる減産だけでは価格を十分に支えられていないと報じた。
天然ダイヤモンドの供給量は中長期的には減少すると予測される一方、短期的には生産国や鉱山ごとの事情が異なる。大手企業が減産しても、他地域の供給増加や在庫放出が続けば、市場全体の需給改善には時間を要する可能性がある。
カナダの鉱山拡張も停止
今回のヴェネチア鉱山の生産停止は、デビアスが進める資産ポートフォリオ見直しの一環だ。
同社は2026年4月、カナダのガーチョ・クエ鉱山におけるTuzo第3期拡張プロジェクトを一時停止している。同鉱山については2028年に操業を終了する方針も示されており、新規投資を抑制しながら既存資産の収益性を重視する姿勢を強めている。
デビアスは2024年以降、「Origins」戦略の下で事業の合理化を進め、年間1億ドルを超える間接費を削減したとしている。非中核資産の売却や閉鎖、鉱山拡張計画の再検討、グループ本社部門のコスト削減も進める。
年間生産見通しは据え置き
ヴェネチア鉱山の生産停止は大規模な措置であるが、デビアスは2026年の年間生産見通しを2,100万~2,600万カラットに据え置いた。
同社は、ヴェネチア鉱山の減産分をボツワナ、ナミビア、カナダなどの他の操業拠点で補い、グループ全体の生産水準を維持する方針だ。
この点は、今回の措置が直ちに世界的な原石供給不足を引き起こすものではないことを意味する。少なくとも短期的には、供給量の削減そのものより、採算性の低い生産を一時的に停止し、より効率の良い鉱山に生産を振り替える側面が強い。
デビアス売却交渉のさなかで進む事業再編
デビアスの親会社であるアングロ・アメリカンは、保有するデビアス株式85%の売却手続きを進めている。残る15%はボツワナ政府が保有している。
売却候補には、デビアス元CEOのガレス・ペニー氏が関与するコンソーシアムのほか、ダイヤモンド生産国や投資家による複数のグループが挙げられている。デビアスのアル・クックCEOは6月、売却交渉が最終段階に近づいているとの認識を示していた。
ヴェネチア鉱山の生産停止や本社コストの削減は、市場環境への対応であると同時に、売却を前にデビアスの財務体質を改善し、買収後も運営可能な企業構造に整理する動きとも見ることができる。
供給減少だけでは市場回復を保証しない
デビアスは、2025年に天然ダイヤモンドジュエリーの世界的な消費需要が成長に転じ、米国の独立系宝飾店でも高品質・高価格帯の商品を中心に販売が改善していると説明している。
一方で、同社自身も原石取引環境については、短期的に厳しい状態が続くと認めている。
鉱山閉鎖や生産停止によって天然ダイヤモンドの供給量が減れば、中長期的には希少性や価格を支える要因になり得る。しかし、供給減少だけで需要が回復するわけではない。
中国市場の低迷、若年層の価値観の変化、ラボグロウンダイヤモンドとの競合、原石・研磨済み在庫の積み上がりなど、天然ダイヤモンド市場が抱える問題は複合的である。
ヴェネチア鉱山の生産停止は、単なる一鉱山の操業調整ではない。天然ダイヤモンド業界最大手が、大規模投資を行った中核鉱山であっても、市場需要と収益性に合わなければ生産を止めるという判断を下した事例である。
今後の焦点は、2年間の停止期間中に原石在庫がどこまで正常化するか、天然ダイヤモンド需要が実際に回復するか、そして新たな所有者の下でデビアスがどのような生産・販売戦略を採用するかである。



コメント