米国で再燃するダイヤモンドの「呼称」問題 天然業界がLGDとの差別化強化、問われる消費者利益の視点

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関税と「synthetic」、米国市場を巡る二つの議論

世界最大のダイヤモンド研磨拠点を抱えるインドの業界にとって、最大級の輸出市場である米国の政策動向が改めて重要性を増している。

インド宝石・宝飾品輸出促進協議会(GJEPC)が発行する「Solitaire Magazine」は、米国向けダイヤモンド輸出に対する関税問題と、ラボグロウンダイヤモンド(LGD)を表す「synthetic」という用語を巡る議論を取り上げた。

関税と商品名称は異なる問題であるが、いずれも天然ダイヤモンドとLGDの米国市場における競争環境に影響を及ぼす可能性がある。

特に近年、天然ダイヤモンド業界ではLGDとの「差別化」を強く打ち出す動きが広がっている。今回の呼称を巡る動きについても、消費者への情報開示という側面だけでなく、急速に市場を拡大したLGDに対する天然ダイヤモンド業界からの牽制という側面を含めて見る必要がありそうだ。

米国向け関税、インドのダイヤモンド産業に大きな影響

ダイヤモンドは長年、米国への輸入において基本的に無税で取引されてきた。しかし、米国の関税政策の変更によって原産国に応じた追加関税が課されるようになり、世界のダイヤモンド流通にも影響が及んでいる。

ダイヤモンドの場合、特に重要になるのが原産国の判定だ。

原石がアフリカやカナダなどで採掘されたものであっても、インドでカット・研磨されることによって「実質的変更」が行われたと判断されれば、米国への輸入時にインド原産として扱われる場合がある。

世界のダイヤモンド研磨の大部分がインド、とりわけスーラトを中心に行われているため、米国の対インド関税政策は、インド企業だけでなく世界の天然ダイヤモンドサプライチェーンに関わる問題となる。

天然ダイヤモンドや一部の天然宝石について関税上の優遇措置が認められる一方、LGDが同様の対象にならなければ、米国市場への輸入コストに新たな差が生じる可能性もある。

現在、天然ダイヤモンドとLGDの価格差はすでに大幅に拡大している。そこに関税上の差まで加われば、米国市場における卸売価格、小売価格、利益率、商品構成にも影響する可能性がある。

再び焦点となる「synthetic」という呼称

もう一つの焦点が、LGDをどのように呼ぶかという問題である。

「synthetic diamond」は宝石学の世界で長年使用されてきた専門用語であり、日本語では一般的に「合成ダイヤモンド」と訳される。天然ではなく人工的な環境で結晶成長させたダイヤモンドを意味する科学的な用語である。

一方、一般消費者にとって「synthetic」という言葉は、「偽物」や「模造品」といった印象につながる可能性がある。このためLGD市場では、「laboratory-grown」や「laboratory-created」などの名称が広く使われるようになった。

米国連邦取引委員会(FTC)は、LGDを販売する場合、それが採掘された天然ダイヤモンドではないことを明確に表示するよう求めている。「laboratory-grown」「laboratory-created」などがその代表的な表現だ。

一方でFTCは「synthetic」という言葉自体を禁止しているわけではない。ただし、2018年のJewelry Guides改定に際してFTCは、「synthetic」という言葉を使用して競合するLGDが実際のダイヤモンドではないかのような印象を与えることは欺瞞的になり得るとの見解も示している。

つまり米国における制度の基本原則は、天然とLGDのどちらかに有利な名称を与えることではなく、消費者が購入する商品の性質を正確に理解できる表示を行うことにある。

天然ダイヤモンド業界が進めるLGDとの「差別化」

こうした呼称を巡る議論の背景にあると考えられるのが、天然ダイヤモンド業界によるLGDとの差別化戦略だ。

世界最大級の天然ダイヤモンド企業であるデビアスは、近年の事業戦略において天然ダイヤモンドとLGDを異なる商品カテゴリーとして位置付けることを明確にしている。

同社が2026年6月に公表した「The Diamond Report」でも、天然ダイヤモンド市場の将来を左右する重要な要素の一つとして、天然とLGDの明確な「differentiation(差別化)」を挙げている。

天然ダイヤモンド業界から見れば、価格が大幅に低下したLGDと天然ダイヤモンドが消費者の中で同じ「ダイヤモンド」という枠組みで比較され続けることは、価格形成や希少性の訴求という面で好ましい状況ではない。

そのため、「synthetic」という呼称を強調する動きについても、単なる科学的な用語整理だけではなく、天然ダイヤモンドとLGDの心理的・商業的な距離を広げようとする戦略の一部、あるいはLGD市場への牽制と捉えることもできる。

もちろん、天然とLGDが異なる形成過程を持つ商品であることを明確にすること自体は重要だ。しかし、名称による差別化と、消費者への正確な情報提供とは分けて考える必要がある。

天然ダイヤモンド低迷の主な原因はLGDではない

さらに重要なのは、現在の天然ダイヤモンド市場の低迷をLGDの拡大だけで説明することはできないという点である。これはLGD業界側だけの主張ではない。デビアス自身の市場分析からも明らかだ。

デビアスは2026年上半期について、原石市場の厳しい環境が継続していると説明している。同社の原石平均実現価格は前年同期比32%減の1カラット105ドルとなった。

その背景にはLGDとの競争だけでなく、中国における天然ダイヤモンド需要の低迷、マクロ経済の不透明感、地政学的リスク、米国の関税政策、川中在庫など複数の問題が存在する。

デビアスが2026年に公表した市場分析でも、米国の生活コスト、中国の不動産問題と婚姻数減少、米国の関税、地政学的な不安定性、高水準の川中在庫、天然ダイヤモンド供給、金価格の高騰、そしてLGDの供給増加など、複数の要因が現在の天然ダイヤモンド市場に影響していると分析している。

したがって、仮に明日から世界中でLGDの呼称が「synthetic diamond」に統一されたとしても、ましてやLGDが世界から消滅したとしても、それだけで中国の天然ダイヤモンド需要が回復するわけではない。米国の消費環境が改善するわけでも、川中在庫が解消されるわけでもない。

天然ダイヤモンド市場が抱えている問題の一部にLGDとの競争が存在することはある側面では事実だ。しかし、それを市場低迷の中心的原因として扱い、呼称によって競争環境を変えようとするだけでは、天然ダイヤモンド市場そのものの需要回復にはつながらないだろう。

呼称論争は誰のために行われているのか

ここで改めて考える必要があるのが、「呼称を変えることで誰が利益を得るのか」という問題だ。

天然ダイヤモンドとLGDを明確に区別することは、消費者保護の観点から当然必要だ。天然をLGDとして販売することも、LGDを天然として販売することも許されるべきではない。

一方、「laboratory-grown diamond」と明確に表示され、消費者が人工的に製造されたダイヤモンドであることを理解しているのであれば、それをさらに「synthetic」という名称へ変更することが、どのような追加的な消費者利益を生むのかについては冷静な検証が必要だろう。

FTCのJewelry Guidesが重視しているのも、特定の業界にとって望ましい商品名称ではなく、消費者が購入する商品の種類、品質、性質、製造方法などについて誤認しないことである。

消費者に必要なのは、業界内の政治的な呼称争いではない。

そのダイヤモンドが天然なのかLGDなのか。どのように形成されたのか。どのような品質なのか。価格はいくらなのか。そして購入後にどのような価値やサービスを得られるのか。そうした購入判断に必要な情報が正確かつ分かりやすく提供されることこそ、本来の消費者利益だろう。

「天然とLGD」の論争で失ってはならない原則

天然ダイヤモンドとLGDは、今後さらに異なる商品カテゴリーとして市場を形成していく可能性が高い。

天然ダイヤモンドには地質学的な希少性、自然由来というストーリー、産地、トレーサビリティーなど独自の価値がある。一方、LGDには価格、サイズ、デザインの自由度、安定供給など天然とは異なる商品価値が存在する。

本来、天然ダイヤモンド業界が取り組むべきなのはLGDの商品価値を名称によって低下させることではなく、天然ダイヤモンドに消費者がお金を支払いたいと思う価値を改めて構築することである。

同じことはLGD業界にも言える。LGDを天然ダイヤモンドと意図的に混同させたり、将来的な資産価値について誤解を招く説明をしたりするのであれば、それもまた消費者利益に反する。卸価格が大きく下落しているにもかかわらず、その情報を無視して不透明な価格形成を行うことについても、業界側は慎重であるべきだろう。

天然かLGDかにかかわらず、ジュエリー業界が守るべき原則は極めてシンプルだ。消費者にとってメリットのある商品を提供し、その商品の性質と価値について誠実に説明することである。

日本市場でも必要となる消費者起点の議論

今回の米国における呼称問題は、日本のジュエリー業界にとっても示唆的である。

日本でも「合成ダイヤモンド」「ラボグロウンダイヤモンド」「LGD」など複数の表現が使用されている。重要なのは、業界内部でどの言葉が好まれるかではなく、一般消費者がそれぞれの商品を正しく理解できるかどうかである。

天然ダイヤモンドとLGDの市場競争が激しくなればなるほど、双方の業界から自らの商品を有利に位置付ける情報が発信されることになるだろう。

だからこそ、業界メディア、小売企業、鑑別・グレーディング機関、業界団体には、一方のカテゴリーを守るための情報ではなく、消費者が合理的に商品を選択できる情報を提供する姿勢が求められる。

呼称はそのための手段にすぎない。

天然ダイヤモンド市場の低迷という構造的な問題をLGDの名称変更によって解決することは難しく、LGD市場についても天然ダイヤモンドとの比較だけに依存した成長には限界がある。

天然とLGDがそれぞれ独自の商品価値を競い、その違いを消費者に正確に説明する。その競争の中心に置かれるべきなのは業界の都合ではなく、最終的に商品を購入する消費者である。

市場環境が大きく変化する現在だからこそ、「消費者にとってのメリット」と「誠実な情報提供」というジュエリー業界の基本原則を欠いてはならない。

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