天然ダイヤ業界に配慮か、業界・消費者に混乱の懸念も

世界ジュエリー連盟(CIBJO)が、非天然ダイヤモンドの呼称を「合成(synthetic)」に統一するよう求める方針を打ち出し、業界に大きな波紋を広げている。これは、これまで国際的に広く容認されてきた「ラボラトリー・グロウン(laboratory-grown)」や「ラボラトリー・クリエイテッド(laboratory-created)」といった用語を公式基準から排除するもので、2010年の決定を覆す180度の方針転換だ。この動きは、ラボグロウンダイヤモンドの市場における位置づけを根本から揺るがし、国際的な取引基準や消費者の認識に深刻な混乱を招く可能性がある。
■CIBJO、15年越しの決断「協力の精神は悪用された」
今回の提言は、CIBJOダイヤモンド委員会のウディ・シェインタール委員長が、10月末にパリで開催される2025年CIBJO総会に先立つ特別報告書の中で明らかにしたものである。
同氏は、2010年に「ラボグロウン」という用語を受け入れた当初の決定を「善意ではあったが、見当違いだった」と総括。「当時は新しい市場セグメントの商業的現実を認め、建設的な手を差し伸べたつもりだった。共通の基準、倫理、透明性といった協力の精神を期待していた」と当時を振り返る。
しかし、その包括的なアプローチが、一部の合成ダイヤモンド業界関係者、格付け機関、大手小売チェーンによって「悪用された」と指摘。「合成ダイヤモンドのマーケティングは、科学的根拠をほとんど示すことなく、より倫理的で持続可能、かつ紛争フリーな選択肢であると位置づけるために、攻撃的に形成されてきた」と強い懸念を表明した。
さらに同氏は、用語の厳格化を要求。ダイヤモンドは「ラボ(研究室)」で「育つ」のではなく、「工業施設」で「人工的なプロセスを通じて製造される」という現実を反映した表記とマーケティングを徹底すべきだと訴えている。
この提言には、「ラボグロウン」および「ラボクリエイテッド」の用語を、事実上の業界標準であるダイヤモンド・ブルーブックおよび関連する全てのISO規格から削除すること、そしてGIA(米国宝石学会)が既に行っているように、4Cグレーディングシステムを天然ダイヤモンドの評価のみに限定することも含まれている。
■「忖度」か「牽制」か 業界に二重基準の恐れ
CIBJOのこの急進的な方針転換の背景には、拡大を続けるラボグロウン市場に対する天然ダイヤモンド業界の強い危機感が見え隠れする。天然ダイヤモンド業界への「忖度」であり、市場での主導権を奪われつつあることへの「牽制」と見る向きは強い。
しかし、この提言は多くの課題をはらむ。「合成(synthetic)」という言葉は、一般消費者に対し、化学組成が同一であるダイヤモンドではなく、キュービックジルコニアやモアサナイトといった「模造品」や「偽物」という誤った印象を与えかねない。実際に、米国連邦取引委員会(FTC)やGIAは、消費者の誤解を避けるため「synthetic」という用語を単独で使用することを推奨していない。
もしCIBJOがこの方針を強行すれば、FTCやGIAなどが主導する既存のガイドラインとの間に深刻な齟齬が生じ、国際取引の現場で「二重基準」が生まれることは必至である。これはサプライチェーン全体に無用な混乱をもたらすだろう。
■消費者の不信感を煽りかねない「用語の後退」
最終的に最も大きな影響を受けるのは消費者である。「synthetic diamond」という表記に、「安価なダイヤモンド」と好意的に解釈する層と、「偽物」と判断して敬遠する層に分断される可能性がある。さらに深刻なのは、業界全体が意図的に情報を操作し、消費者を混乱させているのではないかという不信感の増大である。
ラボグロウンダイヤモンドは、環境負荷や倫理的側面に新たな価値を見出す消費者層に支持され、一つのカテゴリーとして確立されつつある。その市場の透明性と信頼性を担保するために求められるのは、消費者に誤解を与えかねない「用語の後退」ではなく、現行の「ラボグロウン」といった明確な表現を維持・強化し、その特性を正しく伝える不断の努力であろう。
今回のCIBJOの提言は、業界の秩序を巡る根深い対立を改めて浮き彫りにした。今後の総会での議論の行方は、ダイヤモンド市場の未来、ひいてはジュエリー業界全体の信頼性を占う上で、極めて重要な試金石となる。
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