
UAEのLGD取引量、1年間で約2倍に
中東最大級のダイヤモンド取引拠点であるドバイが、ラボグロウンダイヤモンド(LGD)を独立した産業カテゴリーとして本格的に育成する。
ドバイ・マルチ・コモディティ・センター(DMCC)は8月30日、LGDに特化した「Lab-Grown Diamond Vertical」を正式に設立したと発表した。これまで天然ダイヤモンドやカラーストーンなどとともに扱ってきたLGDについて、専用のプラットフォームを設け、製造、取引、投資、金融、テクノロジー、産業利用までを結ぶエコシステムの形成を目指す。
この背景にあるのは、UAEを経由するLGD取引の急速な拡大だ。
2025年のUAEにおけるLGD取引量は7,690万カラットとなり、前年比91.5%増加した。取引額も前年比7.5%増の13億ドルに達した。
2022年には3,680万カラットだったため、わずか3年間で取引量は209%増加したことになる。輸入と再輸出もほぼ同じペースで拡大しており、DMCCは一部の取引だけが急増したのではなく、UAEを経由するLGDの商流全体が拡大していると説明している。
世界のダイヤモンド流通において急速に存在感を高めてきたドバイが、今度はLGDについても国際的なハブを目指すことになる。
取引量91.5%増、金額は7.5%増が示すもの
今回発表された数字でもう一つ注目すべきなのが、取引量と取引額の伸び率に大きな差があることだ。2025年の取引量は91.5%増加した一方、取引額の増加は7.5%にとどまった。
単純に取引額を取引量で割った平均値で比較すると、LGDの1カラット当たり取引金額は大きく低下した計算になる。ただし、DMCCが公表した統計には宝飾用途だけでなく工業・技術用途のLGDも含まれており、原石、研磨済み、工業用途などの商品構成も変化している可能性がある。この数字だけから宝飾用LGDの価格下落率を算出することは適切ではない。
それでも、「取引量がほぼ倍増しているのに取引金額は一桁成長」という構造は、現在のLGD産業を象徴するデータの一つだ。
製造技術の進歩、生産能力の拡大、競争激化によってLGDの単価が低下する一方、流通する物量そのものは急速に増加している。LGD市場を見る際には今後、「ダイヤモンド価格がいくらなのか」だけではなく、「価格低下によってどのような新しい需要が生まれるのか」という視点が一層重要になりそうだ。
天然とは「別の経済性を持つ産業」と位置付け
今回のDMCCの発表で特に興味深いのは、LGD専門部門を設けた理由だ。DMCCはLGDについて、天然ダイヤモンドとは異なる経済性を持つ産業へ発展しているとの認識を示している。
LGDは製造能力を拡張できる「scalable manufacturing」、用途に応じた「technical specification」、そして宝飾品以外にも利用できる「industrial utility」という特徴を持つ。
そのためDMCCは、新部門を天然ダイヤモンドおよびカラーストーン事業から明確に分離する。
これはLGDを天然ダイヤモンドの廉価版として分類するのではなく、製造業と先端素材産業としての性格を持った別の経済圏として扱おうとする考え方である。DMCCのAhmed Bin Sulayem会長兼CEOは、LGDについて「専用の市場インフラと独自の経済的根拠を必要とする段階に達した」と説明している。
さらに重要なのは、これを天然ダイヤモンドに「取って代わるもの」ではなく、天然ダイヤモンド取引と「並行して」発展させるとしている点である。天然かLGDかという二者択一ではなく、異なる二つの産業として双方を取り込む。この考え方が、現在のドバイのダイヤモンド戦略を特徴付けている。
生産者から金融、テクノロジー企業まで集積
新たなLab-Grown Diamond Verticalには、LGDの生産者、メーカー、トレーダーだけでなく、投資家、金融機関、テクノロジー企業、産業ユーザーなどを集積する計画である。これは従来の宝飾用ダイヤモンドの取引プラットフォームとはかなり異なる構成だ。
宝飾用のLGDでは、結晶成長、研磨、グレーディング、ジュエリー製造、卸売、小売というサプライチェーンが中心になる。しかし、LGDを先端素材として考えれば必要となるプレーヤーは大きく変わる。
DMCCが具体的に挙げているのが、半導体、ウェハー、量子技術、宇宙関連などの分野である。ダイヤモンドは高い熱伝導率、硬度、耐久性、電気的特性、光学特性などを持つため、宝飾品以外にも幅広い用途が研究・実用化されている。LGDの場合には天然ダイヤモンドと異なり、用途に応じて結晶の特性を制御しながら製造できる可能性がある。
このため将来的なLGD市場は、「ジュエリー用ダイヤモンド市場」と「高機能ダイヤモンド材料市場」という二つの大きな方向へ発展する可能性がある。
DMCCは2019年からLGD市場を開拓
ドバイがLGDに注目したのは今回が初めてではない。DMCCは2019年、Dubai Diamond Exchange(DDE)で世界初として5万カラットを超えるLGDの入札を開催したとしている。
さらに2023年には第1回Lab-Grown Diamond Symposiumを開催。2025年9月には第2回を開催し、LGDメーカー、ジュエリー企業、テクノロジー企業など世界各国から150人を超える関係者を集めた。第2回シンポジウムでは、2032年までに世界のLGD関連市場が600億~1,000億ドル規模に成長する可能性があるとの見通しをDMCCが示した。
注目すべきなのは、その成長予測にジュエリーだけではなく、半導体、光学、量子コンピューティング、ファッション、ライフスタイルなどを含めていることである。今回の専門部門設立は突然決まったものではなく、少なくとも数年前から進めてきたLGD戦略を制度化したものと見る方が適切だろう。
天然ダイヤモンドも過去最高、LGDへの「転換」ではない
一方、今回のニュースを「ドバイが天然ダイヤモンドからLGDへ軸足を移した」とは理解できない。むしろ2025年のドバイでは、天然ダイヤモンド取引も極めて好調だった。
DMCCによると、2025年のドバイにおける全カテゴリーのダイヤモンド取引額は前年比16.2%増の417億ドルとなり、2011年の409億ドルを上回って過去最高を更新した。取引量も42.5%増の3億5,950万カラットとなり、金額と数量の双方が同時に過去最高となったのは初めてである。
さらに重要なのは、天然ダイヤモンドが取引額全体の95.8%を占めていることである。2025年の天然ダイヤモンド取引額は399億ドルに達しており、現在もドバイのダイヤモンド産業を支える中心は圧倒的に天然ダイヤモンドだ。
DMCCは、天然ダイヤモンド市場が縮小したためLGDへ転換しているのではない。天然ダイヤモンドの世界的取引拠点としての地位を強化しながら、同時に成長するLGDについても専用インフラを整備するという戦略である。
天然ダイヤモンドの振興にも同時に動くDMCC
この「両方を取り込む」という姿勢は、DMCCの別の動きからも確認できる。DMCCは2026年、天然ダイヤモンドの世界的な需要促進を行うNatural Diamond Council(NDC)への加盟方針を表明している。天然ダイヤモンドについてはNDCなどを通じてカテゴリー全体の需要促進を支援する。
その一方でLGDについては、専用のLab-Grown Diamond Verticalを設け、天然とは異なる市場インフラを構築する。一見すると相反するようにも見えるが、交易拠点として考えれば合理的な戦略である。
ドバイにとって重要なのは、天然とLGDのどちらが勝つかを決めることではない。世界のダイヤモンド取引がどちらへ動いても、その商流がドバイを経由する構造を作ることである。
世界市場で天然ダイヤモンドが成長すれば、その取引を取り込む。LGDが成長すれば、その取引も取り込む。そしてLGDが半導体や量子技術など新しい産業へ広がれば、その商流についてもドバイへ集積する。
DMCCの今回の判断には、商品カテゴリーの立場を超えた「取引ハブ」としての戦略が見える。
LGDを宝飾業界だけで考える時代からの転換
今回の専門部門設立は、LGD業界にとっても一つの重要な示唆を含んでいる。これまでLGDを巡る議論の多くは、天然ダイヤモンドとの比較を中心に行われてきた。
天然かLGDか、価格差はいくらか、婚約指輪ではどちらが選ばれるか、どの名称で呼ぶべきか。こうしたテーマが市場の議論を占めてきた。しかし、DMCCが今回描いているLGD産業の範囲は、それよりはるかに広い。
ジュエリーはその一部であり、半導体、量子技術、光学、ウェハー、宇宙産業などを含む「ダイヤモンド材料産業」としてLGDを捉えている。これはLGDの価値を天然ダイヤモンドとの価格比較から切り離す可能性を持つ。
宝飾市場では「天然ダイヤモンドより安い」という価格差がLGDの大きな競争力になってきた。しかし半導体や量子技術の世界では、天然ダイヤモンドとの価格比較そのものに大きな意味はない。必要なのは用途に適した純度、結晶品質、サイズ、欠陥制御、安定供給などであり、評価軸そのものが変わるからである。
LGD産業が将来的にどこまで成長するかを考えるのであれば、ジュエリー市場だけを見ていては全体像を捉えられなくなる可能性がある。
「独立したカテゴリー」へ進み始めたLGD
近年、ダイヤモンド業界では天然とLGDをどのように区別するかという議論が活発化している。その中で今回のDMCCの対応は興味深い。天然とLGDを明確に分離しながら、どちらか一方を排除するのではなく、それぞれに独立した市場インフラを与えるという考え方だからだ。
天然ダイヤモンドには天然ダイヤモンドの経済圏があり、LGDにはLGDの経済圏がある。この考え方が定着すれば、将来的には両者を常に同じ市場の中で比較する必要性そのものが薄れていく可能性もある。
2025年のUAEでは、LGDの取引量が前年比91.5%増加した。一方、ドバイの天然ダイヤモンド取引額も過去最高水準となった。この二つの数字が同時に成立していることは重要だ。
「天然が成長すればLGDが縮小する」「LGDが成長すれば天然が縮小する」という単純なゼロサムの構図だけでは、現在の世界のダイヤモンド市場を説明できなくなりつつある。
ドバイが目指しているのは、天然とLGDの勝者を選ぶことではなく、それぞれを異なる産業として発展させながら、その双方の国際取引を取り込むことである。
今回のLab-Grown Diamond Vertical設立は、LGDが天然ダイヤモンドの代替商品という位置付けを超え、独自の市場構造と産業インフラを必要とする段階に入り始めたことを示す象徴的な動きといえそうだ。




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