
CIBJOの名称問題、舞台は米国へ
ラボグロウンダイヤモンドの呼称を巡る議論が、新たな局面に入っている。
2026年9月、世界ジュエリー連盟(CIBJO)はイタリア・ヴィチェンツァで開催された総会を経て、天然ではなく人工的に生成されたダイヤモンドなどについて、国際的なコミュニケーションでは「synthetic」を最も明確な用語として推奨する方針を正式に承認した。
CIBJOは「laboratory-grown」「laboratory-created」が一部の国・地域では消費者向けのマーケティング用語として認められていること、また各国の法規制が優先されることを明記している。したがって、今回の決定によって世界中で「lab-grown diamond」という名称が禁止されたわけではない。あくまでCIBJOのBlue Bookにおける国際的な標準用語の整理だ。
しかし、その影響はCIBJO内部だけにとどまらない。
一方、天然ダイヤモンド業界の一部団体は次の焦点を米連邦取引委員会(FTC)に移し始めている。FTCが将来Jewelry Guidesを改定する際、「synthetic」をラボグロウンダイヤモンドの中心的、あるいは必須の表現として採用するよう求める動きだ。
CIBJOでの議論が「業界標準」を巡るものだったとすれば、FTCを巡る議論は世界最大級のダイヤモンド消費市場である米国における「消費者保護と広告表示」の問題へと一段階進む。
天然ダイヤモンド業界がFTCに求める「synthetic」
Diamond Manufacturers & Importers Association of America(DMIA)のStuart Samuels会長は、FTCが予定しているJewelry Guidesの見直し時に、天然ではないダイヤモンドについて「synthetic」の使用を求めていく方針を明らかにしている。
その論拠は、「synthetic diamond」は長年宝石学で使用されてきた科学的な表現であり、天然ダイヤモンドと本質的に同じダイヤモンド物質ではあるものの、その起源は人工的な製造によるものだという考え方によるものだ。
またSamuels氏は「lab-grown」という表現についても、実際には一般的な意味での「laboratory」で生産されるのではなく、大規模な工場設備によって製造されるケースが多いことから、消費者に誤ったイメージを与える可能性があると主張している。
この主張は、CIBJOが今回示した考え方とも一致する。CIBJO Diamond Commissionは2026年の特別報告書で、宝石学的・科学的な分類として「synthetic」を統一的に使用することが、国際的な整合性と消費者の理解につながるとの立場を示した。CIBJOでは、ルビーやサファイア、エメラルドなどについても天然品と同じ物理・化学的性質を持つ人工生成物を「synthetic」と表現しており、ダイヤモンドだけ別の体系にする必然性があるのかという問題提起もなされている。
宝石学の体系だけを見れば、これは一定の論理性を持つ主張でもある。しかし、FTCが考えるべき問題は科学的に最も整った言葉が何かということだけではない。消費者がその言葉をどう理解するかだろう。
FTCはなぜ「synthetic」に慎重なのか
ここに、CIBJOとFTCの大きな違いがある。FTCは過去30年にわたり、「synthetic」という表現が消費者に誤解を与える可能性を繰り返し指摘してきた。
1996年にJewelry Guidesを改定した際にも、FTCは一部の消費者が「synthetic」を「偽物」あるいは「模造品」と理解する可能性を問題視し、「laboratory-grown」「laboratory-created」といった表現を認めた。
さらに2018年のJewelry Guides改定では、この考え方がより明確になった。FTCが改定時に公表した161ページに及ぶStatement of Basis and Purposeによれば、提出された消費者調査の一つでは、「synthetic diamond」という言葉を見た回答者の56%が、天然ダイヤモンドに似せた「imitation or fake」だと認識していた。また別の調査でも「synthetic」という言葉から「fake」「artificial」などを連想する回答が多かった。
ここで重要なのは、ラボグロウンダイヤモンドとキュービックジルコニアなどのダイヤモンド類似石は、科学的には全く異なるカテゴリーだということだ。ラボグロウンダイヤモンドは結晶構造や主成分、光学的・物理的特性において天然ダイヤモンドと本質的に同じダイヤモンドである。一方、キュービックジルコニアやガラスはダイヤモンドではない。
FTCが懸念したのは、「synthetic」がこの違いを消費者に正しく伝えない可能性であった。そのため2018年の改定では、FTCは「synthetic」を禁止こそしなかったものの、ラボグロウンダイヤモンドを表示する際に推奨する代表的な表現から外した。現在のFTCガイダンスでは、「laboratory-grown」「laboratory-created」「[manufacturer name]-created」など、天然採掘ではないことを明確に伝える表現が例示されている。
つまりCIBJOとFTCは、同じ「消費者保護」を掲げながら、異なる方向から問題を見ていることがわかる。
「科学的に正しい言葉」と「消費者に正しく伝わる言葉」は同じなのか
CIBJO側の考え方を単純化すれば、「synthetic」は宝石学的に確立された用語であり、人工的に作られた同一物質を表現するために最も一貫性があるという立場だ。
一方、FTCがこれまで採用してきた考え方は、科学的な厳密性よりも、実際の消費者がその言葉から何を理解するかを重視する。
どちらも間違いではない。例えば化学分野において「synthetic」は必ずしも「偽物」を意味しない。人工的に合成された物質を指す極めて一般的な言葉である。
しかし日常英語では、「synthetic leather」「synthetic fur」といった表現から、「本物ではない代替物」を連想する消費者も少なくない。ここに「synthetic diamond」という言葉特有の難しさがある。
科学的には「ダイヤモンド」でありながら、言葉の一般的な語感によって「ダイヤモンドではないもの」と受け取られる可能性がある。
一方、「laboratory-grown diamond」にも課題はある。「grown」という言葉は自然に成長したような印象を与える可能性があり、「laboratory」という言葉から小規模で高度な科学研究施設を連想する消費者もいる。しかし現実のラボグロウンダイヤモンド産業には、大規模なCVD・HPHT製造施設が存在する。
2018年に「diamond」の定義からnaturalが消えた意味
FTCを巡る今回の議論でもう一つ重要なのが、「diamond」そのものの定義だろう。FTCは2018年のJewelry Guides改定で、従来のダイヤモンドの定義にあった「natural」という言葉を削除した。
それ以前はダイヤモンドを「天然の鉱物」とする定義が使われていたが、ラボグロウンダイヤモンドの市場拡大を踏まえ、FTCは「diamond」という物質自体を天然起源に限定しない方向へ変更した。
一方で、天然ダイヤモンド業界の一部はこの変更にも異議を唱えている。American Gem Trade Association(AGTA)のJohn Ford CEOが、鉱物(mineral)は科学的には天然起源の物質を意味するため、現在のFTCの定義には整合性の問題があると指摘している。そして「natural」を定義に戻せば、その後に人工生成ダイヤモンドの呼称についても再整理する必要が生じるという立場を示している。
ここから分かるのは、現在の議論が単に「syntheticかlaboratory-grownか」という一語の争いではないということだ。「diamond」という言葉をどこまで共有するのか。天然起源と人工生成という違いを、商品名のどの部分で、どの程度強調するべきなのか。その分類体系全体が問い直されている。
本来の目的は「どちらかを不利にすること」ではない
呼称問題が難しくなる理由の一つは、名称が市場価値に直接影響するからだ。
天然ダイヤモンド業界にとって、「laboratory-grown diamond」という名称は人工生成品に天然ダイヤモンドとの連続性を強く感じさせる可能性がある。
逆にラボグロウン業界にとって、「synthetic diamond」は消費者に「偽物」「模造品」という印象を与え、市場価値を低下させる恐れがある。
したがって両者にとって、これは単なる語彙の問題ではなくマーケティングの問題でもある。しかしFTCの本来の役割から考えれば、判断基準はどちらのカテゴリーにとって有利かではない。
FTCのJewelry Guidesは、宝石や貴金属について、種類、品質、製造方法、原産・起源などに関する誤認を防ぐための指針でだ。 したがって問われるべきなのは、「どの名称が天然ダイヤモンドを守るか」でも、「どの名称がラボグロウン市場を成長させるか」でもない。
平均的な消費者が、その商品が何であり、何でないのかを最も正確に理解できる表現は何か、だろう。
国際標準と各国の言語は必ずしも一致しない
さらに重要なのが、CIBJOが対象としている「国際的な共通言語」と、各国の消費者向け表示を分けて考える必要があるという点である。
CIBJO自身も今回の決定で、各国・地域の法律や規制が優先され、「laboratory-grown」「laboratory-created」が合法的に認められている市場の存在を明確に認めている。
英語の「synthetic」を、日本語の「合成」に置き換えた場合も、消費者が受ける印象は完全には一致しない。日本では「合成ルビー」「合成サファイア」という表現は宝石学上以前から存在しており、専門家にとって「合成」は必ずしも「偽物」を意味しない。
一方、一般消費者に「合成ダイヤモンド」とだけ伝えたとき、それがキュービックジルコニアなどの模造石とは異なり、炭素からなるダイヤモンド結晶であることまで理解されるかは別問題だ。
逆に「ラボグロウンダイヤモンド」という名称も、日本では既にブランド、百貨店、ジュエリー企業などで一定程度使用されている。名称が消費者に与える意味は、辞書的な翻訳だけでは決まらない。その国でこれまでどのように使われ、消費者がどのように認識しているかによって変化する。呼称を国際的に完全統一することの難しさはここにある。
FTCが簡単に方針転換するとは限らない
天然ダイヤモンド業界側がFTCに働きかけるとしても、「synthetic」がすぐに米国で必須表現になると考えるのは早計だろう。FTCは2018年の改定時、業界団体だけでなく消費者調査や多数のパブリックコメントを検討した上で判断している。
FTCにとって重要なのは宝石学上の慣例よりも、「現在の米国消費者がどの言葉をどのように理解するか」だ。そのため、将来Jewelry Guidesが改定される際に議論が再燃するのであれば、最大の焦点となるのは新たな消費者調査だろう。
2018年から市場環境は大きく変わった。当時と比較して米国ではラボグロウンダイヤモンドの認知度が大幅に高まり、特にブライダル市場では一般的な選択肢になっている。その結果、「synthetic」「lab-grown」「laboratory-created」という言葉から消費者が受ける印象も、8年前とは変化している可能性がある。逆に言えば、2018年の調査結果だけを根拠に将来の表示基準を決めることにも限界がある。
2028年改定も確定事項ではない
FTCのJewelry Guides改定が2028年に行われること自体も確定的ではない。FTCでは環境表示に関するGreen Guidesの改定も予定より遅れており、Jewelry Guidesについてもスケジュールがずれる可能性がある。またJCKは、FTC内部の人員減少やジュエリー分野に精通した職員の減少も指摘している。 したがって現時点では、「2028年から米国でもsyntheticに変わる」とは現時点では言えない。
正確には、CIBJOでの決定を受け、天然ダイヤモンド関連団体が次回のFTC Jewelry Guides改定に向けて働きかけを始めようとしている段階である。現行の米国ルールが変更されたわけではない。
名称を巡る争いの先にある「消費者の理解」
今回の議論は、ダイヤモンド業界に一つ重要な問いを突き付けている。商品を正確に表現するとは何を意味するのか。科学的に正確な言葉を使うことなのか。それとも消費者が誤解しない言葉を使うことなのか。
理想的には両者は一致するべきだが、現実には必ずしもそうならない。
天然ダイヤモンドとラボグロウンダイヤモンドは、物質として非常に近い一方、起源や供給構造、価格形成、市場価値は大きく異なる。だからこそ「diamond」という共通項だけを強調しても不十分であり、逆に「synthetic」という違いだけを強調しても商品の実態が伝わらない可能性がある。
最終的に必要なのは、消費者が購入時に少なくとも二つの事実を正しく理解できることである。その石がダイヤモンドであること。そして、天然採掘されたダイヤモンドではなく、人工的な環境で生成されたものであることだ。この二つを同時に、誤解なく伝えられる名称こそが本来目指すべき表示である。
CIBJOは国際標準として「synthetic」を選択した。しかし米国市場では、FTCが長年積み重ねてきた消費者保護の議論が存在する。次のFTC Jewelry Guides改定で問われるのは、「synthetic」と「laboratory-grown」のどちらの陣営が勝つかではない。2020年代後半の消費者にとって、どの言葉が商品の実態を最も正確に伝えるのか。名称を巡る議論が本来そこに立ち返ることができるかが、今後の最大の焦点となる。




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