
保険・査定データが示した「ニッチから主流へ」の移行
米国を拠点とするジュエリー専用保険サービスを提供する企業、BriteCoは2025年の最新レポートを発表した。レポートによれば、米国ではラボグロウンダイヤモンドがダイヤモンド宝飾市場の構造を明確に変えつつある。BriteCoは、2019年3月1日から2025年5月31日までの米国内の数十万件規模の査定・保険データをもとに分析を行っており、個人情報を匿名化したうえで市場動向を抽出したとしている。このレポートは世界全体ではなく、米国小売市場を主対象とする実購買・査定データベース分析となっている。
同レポートで最も象徴的なのは、ラボグロウンの浸透率だ。2019年時点では、数量ベースでラボグロウンが主体のダイヤモンドジュエリーは全体の5.2%、エンゲージメントリングのセンターストーンでは6.3%、ブライダル以外のジュエリーでは2.5%にすぎなかった。ところが2025年には、ダイヤモンドジュエリー全体の42.1%、エンゲージメントリングの47.7%、その他ジュエリーの22.4%がラボグロウン主体になったとされる。BriteCoは、この5年間でラボグロウンジュエリーの相対的市場シェアが709.6%拡大したと述べている。
価格差の拡大が市場を押し動かした
この変化の最大要因として示されているのが価格差だ。2019年には、エンゲージメントリング用ダイヤモンドのカラット当たり価格でラボグロウンは天然より26.6%安いにとどまっていたが、2025年には72.8%安い水準まで価格差が広がった。BriteCoは、この急激な乖離の背景として、製造効率の向上と中国・インドからの供給増加を挙げている。製造改善、価格下落、消費者選好の変化が過去5年の人気拡大を後押しした。
価格差の拡大は、単に「安い選択肢」が増えたというだけではない。BriteCoは、平均的なエンゲージメントリング価格が2021年の約6,000ドルから2024年には5,200ドルへ低下したと指摘する。つまり、ラボグロウンの普及はダイヤモンド単体の価格体系だけでなく、小売の平均販売単価そのものを押し下げたことになる。これは天然側に対する競争圧力であると同時に、ブライダル市場全体の価格設計を組み替える作用を持つ。天然価格が上がり、ラボグロウンが下がるという単純な二極化ではなく、ラボグロウンの存在が市場の参照価格を変え、天然の価格認識にも波及している。
若年層の選択が「大きさ」と「質」を変えた
BriteCoは、需要側の変化としてミレニアル世代とZ世代の役割を重視する。ミレニアル世代ではエンゲージメントリング販売がほぼ天然とラボグロウンで拮抗し、Z世代では購入者の3分の2がラボグロウンを選んだとしている。価格に対する感応度が高い世代が、単純に支出を切り下げたのではなく、同じ予算でより大きく、より高品質な石を選ぶ方向へ動いている。
実際、ラボグロウンのエンゲージメントリング用センターストーンの平均サイズは、2019年の1.31カラットから2025年には2.45カラットへ拡大した。BriteCoはこれを87.0%の増加としている。また、2020年に37.7%だった無色系ラボグロウンの比率は、2025年には85.9%へ上昇した。クラリティ面でもVVS1・VVS2の比率が2020年の6.6%から2025年には35.3%へ高まっている。消費者は価格低下分を節約としてのみ吸収したのではなく、「予算一定でスペックを上げる」購買に転じたと言える。これは価格破壊というより、スペックの再配分と言える。
ラウンド偏重の緩和と非ブライダル需要の拡大
デザイン面でも変化が現れている。2020年にはラボグロウンの53.8%、天然の55.2%がラウンドだったが、2025年にはラボグロウンのラウンド比率は24.3%まで低下した。これに対し、2025年のラボグロウンではオーバルが27.3%で最も人気の形状になった。BriteCoは、天然では希少性や再販価値への意識がラウンド志向を支えてきた一方、ラボグロウンではアフターマーケット価値の認識が弱く、消費者が個人の嗜好を優先しやすいと見る。
さらに、ラボグロウンはブライダルの外にも用途を広げている。BriteCoによれば、婚約指輪と結婚指輪を含むブライダル比率は2020年の69.5%から2025年には60.2%へ低下した。代わって伸びたのが日常着用型のジュエリーであり、とりわけテニスブレスレットは2020年の3.5%から2025年には11.9%へ拡大した。レポートは、ラボグロウンが非ブライダル品の購買を押し上げ、「毎日使うダイヤモンドジュエリー」という新しい需要帯を形成しつつあるとみる。これはラボグロウンがブライダルの代用品としてだけでなく、独自の消費カテゴリを持ち始めたことを意味する。
小売の収益構造も変わる
この市場変化は小売のマージン設計にも及んでいる。BriteCoは、宝飾品価格が石と枠の二要素から成ることを前提に、ダイヤモンド価格の下落を補うように、より高純度・高価格帯の地金枠が増えていると指摘する。実例として、エンゲージメントリングにおける14K枠の比率は2020年の76.5%から2025年には62.6%へ下がり、18K枠の比率は同期間に52.5%増加した。また、金価格は2020年5月の1,725.65ドルから2025年5月には3,289.55ドルへと90.6%上昇したとされる。石の低価格化と地金高騰が同時進行するなかで、小売は石の粗利低下を枠や仕様で補完しようとしている構図である。
天然側の巻き返しと制度変更の意味
もっとも、BriteCoはラボグロウンの一方向的拡大だけを予測しているわけではない。2024年末時点でエンゲージメントリング販売に占める天然比率は52.6%だったが、2025年の直近2四半期では57.3%に戻ったとしており、天然の小幅な持ち直しを「初期兆候の可能性」として示した。ただし、データ蓄積はなお不十分で、明確な反転トレンドと断定するには早いとも付記している。BriteCoは、ラボグロウンが極端にコモディティ化した場合、婚約指輪のように象徴性が重視される領域では天然が選ばれやすくなる可能性を論じている。これは将来予測であり、確認済みの帰結ではない。
同時に、天然側の差別化努力も強まっている。BriteCoは、Natural Diamond Council、De Beers、AWDC、WFDBなどが消費者向けのプロ・ナチュラル施策を進めていると記す。また、レポートはGIAの制度変更にも言及し、2025年後半以降、ラボグロウンについて天然向けのカラー・クラリティ表記をやめ、記述的な評価へ移行する流れを紹介している。実際にGIAは2025年6月、この方針を公表し、同年10月1日からD-to-Zのラボグロウン評価を「Premium」または「Standard」による記述へ改めると発表した。これは天然とラボグロウンを同一の言語体系で扱う時代が制度面でも修正され始めたことを示す。
米国市場の変化が示すもの
以上のBriteCoレポートは、ラボグロウンの普及を単なる流行ではなく、価格体系、商品企画、世代別需要、非ブライダル市場、小売収益構造、さらには鑑別・表示制度にまで及ぶ構造変化として捉えている。その一方で、同レポートは米国の保険・査定データに基づく分析であり、世界市場や日本市場にそのまま転写することには慎重さが必要でだ。それでも、米国の主戦場で起きている現象として見れば、ラボグロウンは「天然の下位代替」から、「価格主導で市場を再設計する存在」へと位置づけが変わったといえる。



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