先月、JCKのロブ・ベイツはラボグロウンダイヤモンドの価格体系についての議論を掲載した。ダイヤモンド業界では慣例的にRapaport Price List(以下Rap)と呼ばれる価格参照リストを使用しているが、多くのラボグロウンダイヤモンド業者も同様にこのリストを価格参照として使用している。
ベイツは「The Lab-Grown Diamond Industry Wants to Stop Using the Rap List—but Probably Won’t(ラボグロウンダイヤモンド業界はRap Listの使用を辞めたいが、そうしないだろう)」とタイトルした記事で、多くの業界関係者の意見を引用している。元アルロサCEOで、現在はラボグロウンダイヤモンドのベンチャー企業、Ultra CのCEOを務めるアンドレイ・ジャルコフ、ダイヤモンド業界リサーチ会社MVEyeのCEOマーティ・ハーウィッツ、IGDA(国際グロウンダイヤモンド協会)の新会長ジョアンナ・パーク=トンクスなどで、彼らはラボグロウンダイヤモンドはRapから離れ、コストベースの価格帯系を構築するべきだと主張している。
この主張は道理にかなっている様に見える。ラボグロウンダイヤモンドの取引は天然ダイヤモンドとは異なる供給プロファイル、コスト原理、市場ダイナミクスを持っており、また卸売価格がRap-95%を下回ると製品の価値を下げるので、Rapに固執する必要はないように考えられる。(加えてRapを運営するマーティン・ラパポートはラボグロウンダイヤモンドの反対者だ。)
また別の側面としては、Rapの基準価格の変動がラボグロウンダイヤモンドの価格に対する誤解を生む可能性がある。Rapが上下することにより人々はラボグロウンダイヤモンドの価格が上下しているように感じるが、実際にはRapの参照価格が変動している。
しかし一方で、現実的にラボグロウンダイヤモンドの価格体系を完全にRapから離れさせることには困難が伴う。実際多くの業者がRapからの離脱を求めながら、結局はRapに戻ってきている。
その原因として挙げられる重要な点は、業界の取引習慣だ。
Rapはダイヤモンド業界の世界共通言語として機能しており、ダイヤモンド市場に広く浸透している。国際的な取引には価格参照の元と共通言語が必要で、何十年もの間ダイヤモンド業界にとってそれはRapだった。またラボグロウンダイヤモンド業者の中には天然ダイヤモンドから転向したり、また天然ダイヤモンドとラボグロウンダイヤモンドの両方を取扱う人間も多く、Rapは彼らにとって非常に使いやすい価格体系になっている。
もう一つの問題は、ダイヤモンドのグレード基準だ。
ラボグロウンダイヤモンドの価格体系がRapから離れるということと、伝統的な4Cグレードから離れるということは表裏一体のようなものだ。現在のダイヤモンドの価格体系は4Cグレードと密接に関連しており、価格体系だけでなく人々の価格概念、思考習慣と結びついているため、これを変えることには困難が伴う。
ベイツは、視覚的に区別できないグレードをラボグロウンダイヤモンドに採用することに疑問を投げかけている。DとEのダイヤモンド、またVS1とVS2をの違いを(肉眼で)見分けられる人はほとんどいない。それにもかかわらずそこには価格差が存在し、ラボグロウンダイヤモンド業界にとっても同様だ。ラボグロウンダイヤモンドにとって有効なグレード基準は顕微鏡を使用する鑑定士だけではなく、消費者が見分けられる視覚的な区別に基づくべきだとベイツは述べる。技術主導型のラボグロウンダイヤモンドビジネスは人工知能に基づき、伝統的な4Cグレードよりも優れたグレード基準を開発できる可能性があるとベイツは主張する。
ここに参考になる歴史的な事例がある。1990年代、ハーウィッツがアーガイル鉱山の「シャンパンカラーダイヤモンド」、つまりブラウン系のダイヤモンドをプロモーションした時に、彼は「C1~C7」のカラー等級システムを導入した。そのスケールは現在は使用されていないが、製品に差別化ポイントと目新しさを与えた。アーガイル鉱山が閉鎖されるまで、アーガイルはピンクダイヤモンドの入札に2つのレポートを提供していた。一つはアーガイル独自のカラー等級で、もう一つは伝統的なGIAのものだった。米国市場はGIAのグレードを支持していたが、海外市場はアーガイルのグレードに対しての関心が高かった。このケースは、ダイヤモンド業界の習慣を変える可能性があることを示唆している。
上記2点に加えて、ラボグロウンダイヤモンド業界自体の現状もRapから抜け出すのには不利な状況になっている。
天然ダイヤモンドの商業パターンを模倣することで、ラボグロウンダイヤモンドのビジネスはコモディティ化、マージンの低下、主にオンライン販売や低賃金国生産コストをベースにした価格など、天然ダイヤモンドと同様の問題に直面している。一部の生産者は利益の確保のためにD2Cに移行している。
ラボグロウンダイヤモンドビジネスは、天然ダイヤモンドと切り離された独自の業界になる必要があるとベイツは指摘する。一部のラボグロウンダイヤモンド業者は天然ダイヤモンドビジネスを時代遅れだと言うだけでなく、それらをダウンさせることに不健康な労力を使っている。鉱山の自然への影響を非難し、ほとんどの場合それらの社会的にポジティブな影響を意図的に無視する。ダイヤモンド鉱山で何か悪い事件が起こるたびに、一部のラボグロウンダイヤモンド企業はクリスマスのように喜びSNSに投稿する。
しかし、ラボグロウンダイヤモンドがRapに基づいており、天然ダイヤモンド業界と絡み合っていることを考えると、それらは長期的な戦略としては正しいと言えない。しかし一部の企業は長期的な戦略を見ていない可能性もある。
一部の技術指向の生産者がジュエリーセクターを迅速な資金調達の手段と位置付け、産業用途のダイヤモンド開発を目指しているのは(それが成功しているかはともかく)知られている。これらの生産者はジュエリービジネスの健全性を気にしていない。一部のインドの生産者もラボグロウンダイヤモンドを流行とみなし、一時的なビジネスとみなしている人もいる。
ラボグロウンダイヤモンドのビジネスはほんの数年間の間に出来上がったものだ。そのため天然ダイヤモンドとは異なる何か新しいことをするチャンスがあるが、今までのところそれは天然ダイヤモンドのビジネス体系を模倣しており、うまく機能しているように見える。しかし、SNSやビデオストリーミング、暗号資産などの産業が問題に直面しているように、永遠に続くものはないとベイツは指摘する。
しかし、一部の企業が利益を享受し、一部の企業が問題を抱えることはどの業界でも当然のことだ。すべての企業が好調な成長を記録するわけではない。一部の企業が問題を抱えており、また一時的なビジネスと位置付けているからといって業界全体に問題があるとは限らない。
また、ラボグロウンダイヤモンドがRapを採用し続けているのは、天然ダイヤモンドとの対比がラボグロウンダイヤモンドの価値を形成しているからだ。つまり、天然ダイヤモンドとラボグロウンダイヤモンドは(消費者にわかりやすい価値訴求として)同じグレード基準、同じ価格スケールで比較される必要がある。つまり、同じ『1ct D VVS1』の天然ダイヤモンドとラボグロウンダイヤモンドの比較が価値を明確にするのであり、『1ct D VVS1』と『1ct Colorless VVS』の比較は消費者にとって説明しづらいものになる。その証拠に、天然ダイヤモンドと同じ現在のグレード基準を採用するまでGIAのラボグロウンダイヤモンド鑑定書の市場流通量は極めて少なかった。GIAは当初、天然ダイヤモンドと異なるグレード基準を使用していたが、結果的には(市場の需要に応える形で)天然ダイヤモンドと同じグレード基準を採用した。
ラボグロウンダイヤモンド業界からRapと既存の4Cグレードを引き離すことは現状では混乱を引き起こすことになる可能性が高い。天然ダイヤモンドのシステムは非常に長い歴史を経て業界が作り上げてきたものであり、ラボグロウンダイヤモンド業界にとってもそれに頼る価値がある。
実際に、既にRapを採用していないラボグロウンダイヤモンド大手生産者も存在する。しかし、その価格を見たバイヤーは必ず、それがRapに当てはめてどれくらいの%なのかを計算するだろう。(そうしないと他社との価格比較が難しいからだ。)また今後ラボグロウンダイヤモンド独自のグレード基準が設定されたとしても、少なくともしばらくは既存の4Cグレードのどこに該当するかをB2BでもB2Cでも説明することになるはずだ。
ラボグロウンダイヤモンドが独自の価値体系を作り上げることは理想だが、現実は簡単ではない。
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