ダイヤモンド業界 – トレーサビリティの難題

5月中旬に日本で開催されたG7サミットは、ダイヤモンド業界にとってあまり良い結果とはならなかった。

ダイヤモンド業界は、ロシア原産のダイヤモンド原石から研磨されたダイヤモンドがこれらG7の国々に流入するのを防ぐための追加措置がこのサミットで発表されることを期待していた。明確なガイドラインは示されていないが、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国の加盟国は、そのような措置に向けて取り組むことを約束した。

G7は会合後、「ロシアがダイヤモンドの輸出から得る収入を減らすため、ロシアで採掘、加工、生産されたダイヤモンドの取引と使用を制限し続ける」と述べた。

現状、米国と英国はロシアから直接供給されるダイヤモンドの輸入を禁止している。しかし、この制裁は「ダイヤモンドの加工」を考慮していないため、加工拠点がダイヤモンドの供給元とみなされる。たとえばロシアの原石を、ベルギー、インド、イスラエル、またはアラブ首長国連邦などで研磨した場合、厳密に言えばこれらは米国に輸入できることになる。

このような制限の実装は、当初考えられていたよりも複雑であることが判明している。ワールド・ダイヤモンド・カウンシル(WDC)を率いるデビアス幹部のフェリエル・ゼロキが6月初旬に開催されたJCKラスベガスショーのパネルディスカッションで語ったように、そのようなメカニズムの構築には時間がかかる。このような措置は業界全体に適用される必要があり、また税関ですべてのダイヤモンドの産地の開示が義務付けられる必要があるからだ。

「(制裁によって)業界の機能を停止させたり、G7諸国への天然ダイヤモンドの輸入を非常に困難にしたりすることなく、どうすれば(制裁を)支持できるのか」とゼロキはラスベガスの聴衆に問いかけた。

基準の設定

この制裁の実装は、すでに厳しく監査されているダイヤモンド業界にとって、また、そのような原産地情報を検証するための追加費用を負担するサプライチェーンの各企業にとっては、デリケートな問題になる。

また、G7が経済圏としてそのような要件を制定できないことも注目に値する。独自の輸入規則の実施は各国に委ねられる。そうは言っても、これらの国々の間では、少なくともシステムにある程度の一貫性を適用しようとする取り組みが行われているようだ。これらの議論を進めるために、さまざまな政府や業界団体のメンバーがJCKショーの期間中にラスベガスで会合していたことは公然の秘密であり、おそらく業界関連の問題を広範囲にカバーしたと思われる。

交渉の中心となるのは、こうした制裁の実質的な有効性だろう。トレーサビリティを促進するために業界ではどのようなメカニズムが利用可能だろうか?そして、これらの取り組みが必要な基準を満たしていることを誰が検証するのか?そして、その基準は何に基づいているのか?などだ。

ダイヤモンド業界には自由に使える業界構造や、トレーサビリティと原産地検証の課題に取り組む企業プログラムがあるが、間違いなく確実だと言えるものはない。

業界トラック

ダイヤモンド業界の紛争ダイヤモンドの定義は狭く、内戦の資金調達にダイヤモンドを使用する反政府勢力にのみを対象とするキンバリー・プロセス(KP)では、ロシア問題に対処することができない。KPはウクライナで行われているような人権侵害をカバーしていない。KPは現在もロシアを加盟国に数えている。

WDCのシステム・オブ・ワランティー(SoW)は、企業がインボイスに、ダイヤモンドがKPに準拠した供給源から供給されていることを保証する声明を含めることができるツールだ。WDCは最近、人権と労働の権利、マネーロンダリング防止、汚職防止に関連する商慣行をこれに含めるためにSoWをリニューアルした。

SoWに参加するには登録と毎年の更新が必要だが、サプライヤー自身が自己評価メカニズムに基づいて遵守し、規定の基準を満たしているという自己申告の信頼に大きく依存している。

組織に関しては、業界は主に、ロシア問題に関して「責任ある宝石評議会(RJC)」に依存している。

RJC会長のデビッド・ブファードは米国最大のジュエリー小売業者であるシグネット・ジュエラーズの企業担当副社長でもあり、経済協力開発機構(OECD)の責任ある鉱物調達に関するデューデリジェンス基準を指摘している。これらは、企業が人権を尊重し、宝石購入の決定や慣行を通じて紛争への寄与を避けるのに役立つ詳細な推奨事項を提供するとOECDはウェブサイトで説明している。

ブファードによると、RJCとシグネットはいずれも、ロシア産のダイヤモンドに関する戦略を自社を中心に構築したという。このガイドラインは、企業がサプライチェーンにおける人権リスクを判断するための枠組みを提供する5段階のプロセスだ。

2022年2月24日にウクライナでの戦争が始まったとき、シグネットは「これは私たちが望まない、サプライチェーンにおける人権リスクである」と判断するためにこの5つのステップを適用した、とブーファードは今年6月にラスベガスで開催されたラパポート社会的責任会議で説明した。

シグネットは戦争が勃発したときにロシアのダイヤモンド鉱山であるアルロサとの関係を断ち切り、サプライヤーと協力してロシア産の商品の禁止を実施したと彼は指摘し、またRJCのメンバーは同じガイドラインに従うことを余儀なくされたと付け加えた。

「OECDのガイドラインに協力すれば、答えは簡単だ」と彼は強調した。「(ウクライナでは)異常な規模の人権侵害が存在しており、企業が自社のサプライチェーンに目を向け、人権侵害をリスクとして捉えている場合、何をすべきかについての答えは簡単だ。それは、ロシアのダイヤモンドを持ち込まないことだ。」

彼は、ダイヤモンドおよびジュエリー企業がこの複雑な状況を乗り切るための4段階のアプローチを提唱している。KPから始めて、次にWDCのSoWを組み込み、次にRJCメンバーシップを取り込み、次にシグネットの責任ある調達プロトコル(製品の取得方法のガイドとしてシグネットが開発したオープンソースシステム) を適用することだ。しかし、業界の主要な基準設定団体であるRJCの課題は、その役割が業界の警察となることではなく基準を設定することであり、この禁止をどのように実施するかであるとブファードは認めた。

法律に従う

そのためRJCができることは、企業にそれぞれの法律に従うように助言することだけだ、とブファードは述べた。また、米国はロシア国民(アルロサ経営陣)、企業(アルロサ)、そしてその製品を対象とした完全な制裁を科している唯一の国であるため、米国企業にとってロシアに関することは最も厳しい法律の対象となると述べた。

しかし、RJCのメンバーにとっては、その場所に応じてさまざまな法律が対象となる。メンバーはOECDのガイドラインに従うことを約束しているが、企業が自国の法律に違反していない限り、RJCはそれらの活動を停止することはできない。

したがって、ダイヤモンド業界は、企業が事業を展開する場所の規制に従って、その異なる基準によって管理されている。その場所の政府がロシア産ダイヤモンドの取引を許可している製造業者は、それらを分けて供給することを選択する可能性もある。RJCのメンバーとして、ロシア産ダイヤモンドが禁止されているメンバーに対してロシア産のダイヤモンドを供給しないことを約束し、ロシア産ダイヤモンドをそれが合法である国に供給することができる。

ラパポート社会的責任会議 左からアイリス・ヴァン・デル・ヴェケン、デイヴィッド・ブロック、デビッド・ブファード
価値判断

したがって、ビジョンを決定するのは個々の企業とそのリーダーシップに任されている、と持続可能性と責任ある調達に関する業界シンクタンクであるウォッチ&ジュエリー・イニシアチブのCEO、アイリス・ヴァン・デル・ヴェケンは主張する。 ファン・デル・ヴェケンは、OECDガイドラインに加えて、企業が責任ある調達の慣行を発展させるための手段として、国連のビジネスと人権に関する指導原則を強調した。その「価値決定」がどのようなものであれ、彼女は企業に対し、供給に関して正直かつ透明性を保つよう求めた。

「これらのダイヤモンドを分けようとするときは、それを明確にする必要があります。そかしそれは困難を伴うときでもあります。」と彼女は指摘する。「様々な企業が、特定の国では許可されていないロシア産ダイヤモンドをサプライチェーンに持ち込んでいると言い始めると、業界全体の信頼を侵害する可能性があります。」と説明する。

実際、アルロサはダイヤモンドの供給を続けているが、ウクライナ戦争が勃発して以来、ダイヤモンド業界の誰もロシア産原石を購入したことを公然と認めていない。ベルギーとインドへの輸入は合わせて、2023年の最初の2か月間で、昨年の戦前と比較して、金額ベースでわずか3%減少しており、数量ベースでは同程度の減少となった。ある外交官は、アルロサはここ数カ月間、全生産量を販売し続けることができていると主張している。

原石から研磨まで

ダイヤモンドメーカーはロシア産のダイヤモンドをセグメント化している可能性がある。しかし、業界は、たとえ企業がRJC会員であっても、すべての供給源を開示する企業の姿勢に依存することはできない。このため、科学とテクノロジーがダイヤモンドの産地を特定し、保証できるかどうかという疑問が生じる。

GIAの研究者であるエヴァン・スミスの論文によって、ランダムな個々のダイヤモンドの原産地を独立して決定できるような、測定可能な個々の特性を実証する科学的に確固たる研究は存在しないことが判明している。

「残念ながら、実験室での分析を通じて独自に起源を特定するという理想的な目標は達成できていない。」とスミスは要約で述べた。「現時点および予見可能な将来において、ダイヤモンドの産地を証明する唯一の決定的な方法は、採掘時からの原産国および/または原産鉱山の情報を保持することにかかっています。」と彼は述べる。

これを念頭に置いて、GIAはダイヤモンド起源レポートを開発した。これにより、研磨する前に原石を分析することで、研磨された後のダイヤモンドと原石の間に関連性があり、ダイヤモンドの過程に沿った原産地の検証が可能になる。

このプロセスでは、研究所が鉱山会社または製造業者と提携してプログラムに原石を供給する必要がある。ダイヤモンドを市場に出すまでに別の作業が追加されるため、物流の都合でこれが先送りされる場合もある。

GIAは最近、その原石を分析するためにボツワナの準州立オカバンゴダイヤモンド社と協力関係を築いた。結果として得られるポリッシュダイヤモンドは、RapNet取引プラットフォーム上でグリーンスターでマークされる。これは、ラパポートが最近立ち上げた、ダイヤモンドが倫理的に調達されていることを証明するプログラムだ。GIAの執行副社長であるトム・モーゼスは、GIAは3日以内に商品をオカバンゴに返却すると述べた。

ジュネーブに本拠を置くスペースコードは、0.20ctから50ctsのサイズのあらゆるダイヤモンドの”指紋”を採取できる手頃な価格の人工知能(AI)主導の技術を開発中だと述べている、とアントワープ・ワールド・ダイヤモンド・センター(AWDC)のCEO、アリ・エプスタインは業界への手紙の中で書いている。

「昨日、私たちは分光法で起源を特定するにはまだ7年かかると考えていました。」と彼は語った。「現在、それは2年未満で実現可能だと予測されており、2024年にはそのためのデバイスが市場に投入される予定です。それはおそらくさらに早くなるでしょう。」と述べた。

このような科学的アプローチは、議論に新たな可能性をもたらし、原産地の主張を明確にするための業界のプログラムとうまく組み合わせることができるかもしれない。しかし、この科学はまだ証明されておらず、少なくともGIAの観点からは実装は難しいだろう。現在の段階では、テクノロジーベースのソリューションがより利用しやすくなる。

オリジンスイート

デビアスは、独自のTracrブロックチェーンを通じてトレーサビリティに取り組むという、異なるアプローチを採用した。同社は、当初デビアスの生産のみに使用するとしていたが、6月のラスベガスショー中にTracrをより幅広く業界に公開した。

Tracrはそれぞれのダイヤモンドに固有のデジタル指紋を生成し、サプライチェーンに沿ったプロセスのそれぞれの段階でダイヤモンドを追跡できるようにし、ダイヤモンドの所有者や形状が変わる過程でその取引の痕跡を作成する。

一方でデビアスは、このアイデアは原産地の特定を超越するものであると主張している。むしろ、重要なのはダイヤモンドのストーリーだ、とデビアスブランドのCEOであるマーク・ジャシェはインタビューで強調した。そのアイデアを活用するために、同社Tracrにあるデビアス商品を中心に構築されたグレーディング部門であるデビアスダイヤモンドラボが運営するマーケティングプログラムであるオリジンサービススイートを発表した。

これには新しい、産地とグレーディングのレポート、そしてクライアントをダイヤモンドの産地と貢献に結びつけるデジタル検索が含まれていると同社はプレスリリースで説明した。デビアスはまた、小売業者がデビアスの供給に関するストーリーテリングを強化するために使用できるツールとして、2024年の第1四半期にオリジンストーリーを立ち上げる予定だ。

コンセプトの策定にあたり、デビアスは消費者の習慣を推進する4つのトレンドを特定した。それは、ブランドの重要性の高まり、顧客中心主義と没入型の顧客体験の創出、デジタルの知識と適切さ、そして目的意識だ。オリジンストーリーと協力するジュエリー小売店は、自社のダイヤモンドが社会に与えるプラスの影響を理解するなど、これらの要素のそれぞれを活用できるようになるという。

ダイヤモンドの旅

イスラエルを拠点とするSarine Technologies社は、ダイヤモンドをトレースするプロセスと小売業者向けのストーリーテリングに重点を置く、2つの側面からのアプローチを採用している。同社は、特定の鉱山企業と協力して鉱山現場で原石をスキャンし、工場でSarine社のマシンを使用している製造業社と協力して製造プロセス全体でダイヤモンドをスキャンしている。

同社の競争力は、現場のシステムを通じてデータ入力を制御できることだと同社は主張する。製造プロセスでは、ダイヤモンドをスキャンする4つの必須段階があり、バリューチェーンを通じてダイヤモンドが一致する可能性が高くなるとSarine社のCEOであるデイヴィッド・ブロックは述べる。

鉱山では、Sarine社は2cts以上の原石をスキャンできる。小さいダイヤモンドに関しては鉱山でのスキャンと登録がより面倒で時間がかかるが、ブロックは同社がその原石サイズを0.50ctまで下げ、研磨後の重量で約0.20ctまで下げられると自信を持っており、「それで十分だ」と述べる。

ブロックは、このSarine Journeyプログラムを通過したダイヤモンドの数については明らかにしておらず、数十万個あるとだけ述べた。デビアスでは、Tracrに120万個以上のダイヤモンドが登録されているという。Sarineのブロックは、現段階で業界が牽引力を得るには、すべてのプラットフォームにわたってこれらの来歴プログラムを使用し、より多くのこれを利用する人々を生み出す必要があることを認識しているという。

マーケティングの観点から見ると、Sarine社は2つの角度からツールを売り込んでいると彼は説明している。1つは、Sarine社のプリントレポート、デジタルレポート、研磨されたダイヤモンドのもとになった原石の3Dプリントなど、さまざまな方法でダイヤモンドの旅に関するさまざまな情報を提示し、消費者の情報を検証することだ。Sarine社はマーケティング資料を提供しているが、Sarine Journeyプログラムをどのように使用してダイヤモンドのストーリーを伝えるかは最終的には小売店の判断に委ねられている。

もう1つの方法は、Sarine社がブランドの原産地声明を裏付けるためにブランドと協力する内部目的だ。このアイデアは、Sarine、Tracr、その他のプログラムの利用にかかわらず業界全体に応用される可能性がある。

テクノロジー、科学、情報開示

戦略を策定する際、G7はこれらのプログラムに代表されるテクノロジーと科学に留意する必要があるだろう。スペースコードやiTraceiTなどの他の取り組みは、テクノロジーを提供し、マーケティング要素をユーザーに委ねている。ベルギーに拠点を置くiTraceiTはブロックチェーン施設を構築し、QRコードを使用してダイヤモンドを追跡できるようにしている。他のシステムにとって課題となっているメレサイズのダイヤモンドを含め、あらゆるサイズのダイヤモンド利用可能だと主張している。

どのメカニズムが実施されたとしても、おそらくこれらの業界プレーヤーは税関でより堅牢な原産地開示を構築する政府の取り組みを支援するために一歩踏み出すことができるだろう。

G7が対策に取り組む際にこれらすべての選択肢を検討しているとして、前述されたプログラムのいずれかに参加するだけで、それぞれの税関検査に合格するのに十分だろうか。AWDCのエプスタインはスペースコードのプログラムを支持し、科学が研磨されたダイヤモンドの原石の原産地を検証できるという理想的なシナリオをほのめかした。

「バリューチェーンの末端で適切な原産地を、簡単かつ手頃な料金で特定できるようになり、トレーサビリティは後回しにされる可能性がある。」と同氏は主張した。「消費者が知る必要があることは簡単なテストですべてわかるので、申告や際限ない書類作成は必要なく、抜け穴もありません。」と説明している。

「各国政府はこの種のテクノロジーを迅速に採用し、受け入れるでしょう。そしてさらに重要なことに、それはラバースタンプ(不十分な計画)やグリーンウォッシングを根絶する、より平等な競争の場を生み出すでしょう。」と彼は付け加えた。

現時点では、そのようなテクノロジーが機能することを示唆する公的証拠は不十分であり、政府がそれらの機能のみに依存するようになるほど強力であるかどうかは明らかではない。G7の保留中の決定に関係なく、ダイヤモンドの産地について透明かつ確固たる証明をするかどうかは業界に委ねられている。

歴史的に、ダイヤモンド業界はその商慣行に対する信頼に過度に依存しており、責任ある調達に関しては依然として以前と同様のことを続けている。取引では、ダイヤモンドの産地を証明するテクノロジーを採用する必要がある。そうすることで、業界はより良いストーリーを伝えるだけでなく、その評判を守り、紛争や人権侵害によって汚されない価値主導のパイプラインを確保することができるだろう。

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