ダイヤモンドテクノロジー企業のトレーサビリティ競争

2015年、会社創立20周年迎えたFinestar Jewellery & Diamondsの経営陣は、何か違うことをする必要性を感じていた。インドのスーラトに拠点を置くこのダイヤモンド製造業者は新しいインフラストラクチャを導入していたため、トレーサビリティをシステムとプロセスの中心に据えることを決定した。

この動きによって他の製造業者との差別化を図り、小売業者が販売するダイヤモンドの起源を伝える手段を提供すると考えていたと、最高執行責任者であるニレュ・チャブリアは回想する。

Finestarは、ダイヤモンド原石が研磨現場に届くまで何度も所有者が変わる二次市場ではなく、鉱山会社から直接ダイヤモンド原石を購入しているため、このソリューションを実行できると考えた。ダイヤモンド原石が工場に持ち込まれると、Finestarはキンバリープロセス(KP)証明書や原石購入請求書などの文書で各ダイヤモンドの起源を記録できる。

これは比較的簡単な部分だ。その後、同社はダイヤモンドのカットと研磨の各段階を詳細に調べ、各ダイヤモンドに固有の重量やその他の要素を一致させ、ビデオや画像を使用してダイヤモンドの変化を継続的に記録することに着手したとチャブリアは説明する。このプロセスでは、生産がカットプロセスのさまざまな段階を進むにつれて、工場の各部門がデータの入力と抽出を行う必要があった。チャブリアはさらに、最終段階はトレーサビリティ証明書(現在はQRコードでアクセスできるスマートカード)を作成することで、小売業者がダイヤモンドのストーリーを伝えるために使用できることだと続けた。

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課題の上位に

このような取り組みを始めたのはFinestarだけではない。主にインドの大手ダイヤモンドメーカー数社が、トレーサビリティを自社のシステムに組み込み、ストーリーテリングを可能にするアプリを構築し始め、そのプログラムを小売業者が受け入れてくれることを期待していた。

それから10年後、これら早期導入企業は業界全体のトレーサビリティに向けた動きをうまく取り入れる姿勢を整えている。「当社のシステムは、Tracr、Sarine、GIAのプログラムなどとの互換性があります。」とチャブリアは述べている。

テクノロジーソリューションも提供するコンサルティングサービス、OriginAllのCEOであるハンス・シュワブによると、トレーサビリティは課題の上位に上がったことはかつてなかった。しかし「(現在)ダイヤモンド業界でこれについて語らない人はいません。」と彼は指摘する。

これは主に、ロシア産ダイヤモンドに対するG7の規制によるもので、輸入業者はダイヤモンドの詳細を記載する必要がある。現在、G7諸国のほとんどの政府は、輸入業者に対し、ポリッシュダイヤモンドがロシア産原石からのものではないことを自己申告するよう義務付けているが、欧州連合は、2025年3月に発効予定のダイヤモンドトレーサビリティメカニズムに取り組んでいる。米国も同様のブロックチェーンを利用した検証を検討していると報じられており、EUのスケジュールに合わせて、次の段階の制限の期限を今年9月から来年3月に延期するとみられている。

より広い視点

トレーサビリティに対しての関心が急上昇しているもう1つの要因は、高級ブランドが自社の幅広い持続可能性プログラムにトレーサビリティを組み込もうとしていることだと、Diatraceブロックチェーンプラットフォームを開発したDiatechのディレクター、ヴィニット・ジョガニは説明する。

「特にブランドにとって、より広い視点はトレーサビリティに関するものだけではありません。彼らは持続可能性にもっと関心があるのです。」と、ベルギーを拠点とするソリューションであるiTraceiTのCEO、フレデリック・デグリースも同意する。「トレーサビリティは基礎的な要素ですが、企業は社会的要素と環境的要素を含む、その過程全体を示す必要があります。」と指摘した。

高級ブランドは原産国についてはあまり関心がなく、「主に企業の社会的責任 (CSR) 活動を示すことに重点を置いています。」と同氏は付け加えた。

一方、ラボグロウンダイヤモンドの脅威は、天然ダイヤモンド分野でのより高い説明責任を促しているという。

スイスの時計ブランド、ブライトリングは2023年の持続可能性ミッションレポートで、2025年までに100%追跡可能なゴールド使用を達成するという目標を設定し、「製品の完全性と追跡可能性を確保するため」すべての新製品にラボグロウンダイヤモンドのみを使用すると付け加えた。特に、第三者の標準化団体SCSグローバルサービスが持続可能性評価ダイヤモンドとして認定したラボグロウンダイヤモンドのみを使用する予定だという。

急務の課題

時計業界でのこうした発表や、より厳しいG7の措置が迫る中、ダイヤモンドの追跡可能性を実現することが新たな緊急課題となっている。

おそらくこうした期限を念頭に置いて、5月にドバイで開催されたフォーラムで司会者が、ダイヤモンドテクノロジー企業の幹部に「2025年までに完全な追跡可能性を実現するための主な課題は何だと思うか」と質問した。ドバイ マルチコモディティセンター(DMCC)でのイベントは「ダイヤモンド業界における原産地、追跡可能性、技術」に焦点が当てられ、質問自体と同様に、参加者の回答はかなり刺激的で、解決すべきさまざまな問題を浮き彫りにした。

「完全な追跡可能性とはどのような意味でどのようなものですか?」とある幹部は反論した。別の幹部は「解決策は 1つだけですか、それとも複数ありますか?」と反論し、複数ある場合、システム間の相互運用性は実現可能かと3 人目が付け加えた。さらに、彼らが提起した問題には、スケーラビリティ、システムと企業の間で必要なコラボレーションのレベル、業界のあらゆる部分に貢献してもらうという課題、そして情報を分かりやすい方法で最終消費者に届ける方法などが含まれていた。

彼らの回答は、ダイヤモンドをどのように、どこから追跡できるかについてのさまざまな考えを反映しており、トレーサビリティを構成するものは何であるかという問題でさえ議論の余地があることを示していた。

鉱山から市場

完全なダイヤモンドトレーサビリティは、その原産地である鉱山からスタートするということにほとんどの人が同意するだろう。しかし、すべてのシステムがそれを促進するように構築されているわけではない。なぜならそれら多くのテクノロジーは、ダイヤモンドの研磨段階からの旅に焦点を当てているからだ。

ポリッシュダイヤモンドのマーキングにナノテクノロジーを使用しているProvenance Proofのディレクターであるクレメンス・リンクにとってそれは透明性の問題だ。「理想的には、ダイヤモンドは鉱山まで遡って追跡可能であるべきですが、透明性はサプライ チェーン内でも開始できます。」とリンクは主張すし「重要なのは、ステークホルダーが実際よりも多くの透明性を提供しているふりをしてはならないということです。」と述べた。

可能な透明性の程度は、トレーサビリティ方法ごとに異なる。ダイヤモンドをデジタルツインと照合するシステム、物理的なマーキングやダイヤモンドの分析を使用する科学ベースのソリューション、ユーザーが提供する宣言とデジタルプロセスをコンパイルしてダイヤモンドの旅の段階を結び付けるソリューションなどがある。パイプライン全体を単独でカバーできるシステムはほとんどなく、ほとんどの場合、そのギャップを埋めるために他のサービスプロバイダーとのコラボレーションが必要だ。一般的に、最も大きなギャップは、ダイヤモンド原石採掘段階とポリッシュダイヤモンドの製造段階の間にある。

デビアスが出資するTracrプログラムは、入手できるダイヤモンド原石の量を考慮すると主導権を握っていると言える。このプログラムは、デビアスの原石(2023年の世界生産量の推定25%~30%を占める)をプラットフォームに直接アップロードする。

しかし、より多くの生産者を参加させるというTracrの課題は、すべてのトレーサビリティプロバイダが共有するものであり、成功のレベルはさまざまだ。レーサビリティ技術を検討していることを明らかにしている鉱山会社でも、プロバイダとのコラボレーションを公に発表している鉱山会社はほとんどない。

最低基準

スケーラビリティは技術的な課題ではない。ほとんどのプラットフォームは大量のダイヤモンドを処理できる。相互運用性の問題さえも議論の余地があると考えられている。相互運用性とは、異なるプラットフォームが互いに通信できるようにするデータレイヤーがあることを実際に意味する、とTracrのCEOであるウェスリー・タッカーは説明する。

「システムに互換性があるかどうかは問題ではありません。それがテクノロジーの素晴らしいところで、アーキテクチャがあり、難しいことではないからです。」と、OriginAllが設立を支援した共同ベンチャーであるOriginalLuxury の共同設立者であるマーゴット・スチュアートは述べた。また「より差し迫った問題は、トレーサビリティの最低限の実行可能な基準を定義することです。」と指摘した。

これには、ダイヤモンドの旅の各段階の期待をマッピングすることが含まれると彼女は詳しく説明する。「ある段階から別の段階へのデータの移行を確実にし、ダイヤモンドがあなたが言っている通りのものであることを確認するにはどうすればよいでしょうか。各段階内でこれらの要件が何であるかを定義する必要があるという複雑なレイヤーがあります。」と述べた。

言い換えれば、ダイヤモンドがバリューチェーンに沿って移動する間、プロバイダーは、利害関係者間の信頼を呼び起こすような方法で、安全かつ効率的なデータ転送を確保する必要がある、とシュワブは述べる。

これには、オープンなアプリケーションプログラミングインターフェイス(API)が必要になる可能性があることを示している。これはさまざまなプログラムが相互に通信できるようにし、すべてのプロバイダーがサポートする必要のある仕様を規定するタイプの契約だとDiatechのジョガニは説明した。

誇示するもの

このような基準を設定するには、業界全体で取り組む必要があり、技術プロバイダー同士が互いに競争しながらも協力する必要があると、シュワブとスチュアートは強調する。

外部の規制当局は独自の基準を課そうとしており、それは「ダイヤモンド業界にとって有害だ」とスチュアートは警告する。業界として協力することで、業界は規制当局、ブランド、消費者に「これが私たちのやり方です」と訴えることができるようになる。

​​一方、サプライチェーンの中流の多くの企業は、サードパーティのプロバイダーとデータを共有することに懸念を示している。Sarine TechnologiesのCEO、デイヴィッド・ブロックは、データ所有権の問題はデリケートな問題だと認めている。データはトレーサビリティプロバイダーだけのものではなく、サプライチェーンの各ポイントにある各参加者の所有物だ。参加者は、技術プラットフォームがトレーサビリティの目的にのみデータを使用することに同意している、と同氏は説明する。

それでも懸念は存在し、それが大手メーカーが独自の独立したダイヤモンド追跡プログラムを構築した理由の1つであると、スーラトに拠点を置くメーカー、Dharmanandan Diamondsの営業およびマーケティング担当ディレクターであり、Diabotシステムを開発したInnovseedのディレクターであるヴィプル・スタリヤは指摘する。

いずれにしても、追跡手段を採用する必要性を認識するメーカーは増えている。より厳しいG7要件を満たす必要があるからではなく、付加価値を高めるためのツールとしてだ。Finestarのダイヤモンド追跡プログラムは、今日の厳しい市場環境、特に個人経営のジュエラーの間で役立っている数少ないものの1つだとチャブリアは語る。

この付加価値は極めて重要であるとリンクは強調する。小売業者にとって市場の可能性を高め、販売時点での信頼を高め、店舗オーナーがサプライチェーンのリスクを管理するのに役立つ。そして、それは業界のパイプライン全体に広がっている。

「資産に付加価値を加えたい人にとって、追跡可能性は、隠すものが何もないことを示しているだけでなく、誇示するものがあることを示している。」と彼は述べた。

誰が費用を負担し、便益を得るのか

デビアスが2021年ダイヤモンドインサイトレポートで発表した調査によると、有名ブランドの持続可能なダイヤモンドと持続可能性の保証がないダイヤモンドを比較した場合、消費者の60%が前者を選び、またこれらの人々の85%がそのようなダイヤモンドに平均15%の追加費用を支払う用意があるという。

「小売業者とダイヤモンド生産者の両方が製品の追跡可能性を確保しようとしているため、小売業の転換点が現在起こっている。」と著者らは付け加えた。彼らの調査結果は、業界で長年の疑問となっている「追跡可能なダイヤモンドから得られる追加マージンはあるか?その利益は誰が得るのか?そしてそのコストを誰が負担するのか?」についてのさらなる議論を引き起こした。

この議論は、さまざまなサービスプロバイダーのコスト構造に影響を与えている。Tracrは最近、ダイヤモンドに関する情報のロックを解除したいユーザーに対してダイヤモンドごとの料金を導入した。これは、プラットフォームがデビアス以外で経済的に実行可能であることを目指しているためである。同様に、Sarine Technologies はデータを求める人に料金を請求し、主にダイヤモンド ジャーニー レポートを小売宝石商に販売している。GIA は、主に中流で使用される製品であるダイヤモンド オリジン レポートを有料で提供してるが、ソース検証サービスも無料で提供している。他のプロバイダーは機器を販売しており、サブスクリプションモデルを採用しているプロバイダーもある。

一般的に、製造業者がトレーサビリティ プラットフォームにダイヤモンドデータをアップロードするのに料金はかからないが、セットアップ料金、物流費、マーケティング費用、その他の隠れた料金を負担している。そのため、ほとんどの製造業者はダイヤモンドの販売価格に数パーセントを上乗せしているが、それでもコストをカバーできない可能性があるという。

より大きなチャンスは小売レベルにあるが、すべてのジュエラーがトレーサビリティを使用してマージンを獲得しているわけではない。たとえば高級ブランドはトレーサビリティをリスク管理戦略の一部と見なしている。彼らにとって、トレーサビリティ要素は価格設定とは関係ないが、より広範なストーリーにつながり、ブランドの約束をサポートするものとなっている。

トレーサビリティから最も利益を得るのは、専門のジュエラーと独立系業者だ。持続可能性に関して何か違うものを提供するチャンスを見出し、トレーサビリティのあるダイヤモンドのストーリーを活用するプログラムを構築したジュエラーはより大きな価格を提示している。したがって、デビアスのレポートによると消費者が喜んで支払う追加マージンを請求できることになる。

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