天然ダイヤモンド業界の岐路 – ラボグロウン時代におけるマーケティング戦略とは

ラボグロウンダイヤモンド(以下、LGD)の台頭により、天然ダイヤモンド業界は大きな転換点を迎えている。近年、消費者の関心は価格・倫理・環境への配慮といった実利的な価値にシフトしており、それに伴ってLGDは急速に市場シェアを拡大している。一方、天然ダイヤモンド業界は希少性、歴史性、文化的価値といった無形資産を武器に、ブランド価値の再定義とその訴求に迫られている。

2024年から2025年にかけて、天然ダイヤモンドの業界団体や企業が次々と打ち出したマーケティング施策は、その模索の様相を如実に表している。中でも物議を醸したのが、ナチュラルダイヤモンドカウンシル(以下、NDC)が主導したSNSキャンペーンおよび屋外広告である。

「Swipe Left」広告の波紋──敵対的アプローチの限界

2025年6月、NDCはニューヨーク市内において、「Swipe Right(天然)」「Swipe Left(合成)」と題した屋外広告を展開した。この広告は、マッチングアプリの用語を用いて天然ダイヤを肯定的に、LGDを否定的に描写するという構成であり、視覚的にも大胆なデザインが特徴であった。

この試みは一部の支持を集めたものの、業界内外から批判が殺到した。特にLinkedInでは、ジュエリーデザイナー、小売業者、マーケティング専門家らが「時代錯誤的」「短絡的」「消費者に逆効果」といった声を上げた。Rapaportが行った簡易アンケートでは、回答者の6割以上が否定的な意見を表明し、「天然ダイヤを選ぶ理由を示す代わりに、LGDを攻撃するだけのキャンペーンは逆効果である」との見方が優勢であった。

一方で、広告を擁護する声も存在した。ある支持者は「ようやく天然ダイヤ業界が反撃に出た」「明確で文化的に共鳴するメッセージだ」と評価した。こうした意見は、特にラグジュアリーマーケティングにおいてはブランドポジショニングが不可欠であり、差異化の表現としてネガティブ・マーケティングも時に必要であるという立場から出ている。

しかし最終的に、広告は短期間で撤去され、オンラインキャンペーンも非公開となった。キャンペーンのQRコードがリンクしていたサイトは削除されたが、ネットで情報は広まっており、「馬が逃げた後で馬小屋の扉を閉めるようなもの」だとの批判もある。結果として、この試みは業界の内部対立を浮き彫りにし、天然ダイヤモンドの本質的価値をどう訴えるべきかという議論を加速させる契機となった。

AWDCの戦略──批判ではなく学びを誘うマーケティング

NDCの広告とは対照的に、ベルギーのアントワープ・ワールド・ダイヤモンドセンター(AWDC)が実施したプロモーションは概ね好意的に受け止められた。彼らは街頭にガチャマシンを設置し、5ユーロでラボグロウンダイヤモンドを提供するというキャンペーンを展開した。これは単なる販売ではなく、天然と合成の違いを体験を通じて学ばせることを目的とした教育的アプローチだ。

業界関係者からは「押し付けではなく発見を促す手法だ」「天然ダイヤのラグジュアリー性を再認識させる見事な戦略」と高評価が寄せられた。消費者に体験を通じて価値を理解させるというマーケティング手法は、現代的なナラティブ戦略としても有効であり、ラグジュアリーブランドが取り入れる「ストーリーテリング型マーケティング」の一環とみなせる。

グローバル連携と基金設立──産業としてのマーケティング基盤づくり

短期的なキャンペーンだけでは、天然ダイヤ業界が置かれた根本的な課題に対応することはできない。そのため、業界全体でのマーケティング資金の創出と、長期戦略の構築が急務となっている。

2024年、アフリカ諸国とNDC、主要鉱山企業(デビアスを含む)は「ルアンダ合意」を締結した。これは、天然ダイヤの輸出収益の1%を共同基金として拠出し、マーケティング、教育、PR活動に充てるというものである。特に、産出国であるアフリカ諸国が主体的に天然ダイヤの社会的・経済的価値を発信できるようにする構造が特徴だ。

また、デビアス社は2025年に過去10年間で最大規模となるマーケティング投資を発表。米国・中国・インドといった主要市場で、天然ダイヤの起源、トレーサビリティ、持続可能性といったテーマに焦点を当てたパイロットプロジェクトを展開している。同社が展開する教育プラットフォーム「Diamond Learning Centre」は、消費者教育の拠点としても機能しつつある。

カテゴリーマーケティング vs ブランドマーケティング

天然ダイヤ業界のマーケティングには二つの方向性が存在する。一つは業界全体として「天然は価値がある」という共通メッセージを発信するカテゴリー広告、もう一つは各ブランドが独自の視点で「なぜ自社のダイヤが特別なのか」を語るブランド広告である。

一方でカテゴリー型広告には限界があるとの指摘もある。すなわち、「天然は希少である」という抽象的なメッセージでは、現代の価値多様化社会では消費者の心に響かない可能性があるという問題だ。むしろ、個別ブランドがその起源、職人技、ストーリーといった差別化要素を明確に提示することが、最終的に天然の価値を担保するという考え方が主流になりつつある。

それでも、ラボグロウンの勢いに押されている現状では、業界として最低限の「共通語」を持つこともまた必要である。そこで求められているのが、「比較に頼らず、天然であることの意味を語れるナラティブ構築」である。

消費者の声とソーシャルメディアの影響力

今回の広告論争が示したように、もはやマーケティングは一方向的な「伝える」作業ではなく、双方向的な「対話」の場となっている。NDCの広告が公開されてから24時間以内に数百件のコメントが寄せられ、SNSや業界メディアを巻き込んで議論が沸騰したことは、マーケティングの失敗がリアルタイムで市場に影響を与える時代であることを示している。

同時に、物理的な広告であってもSNSを通じてバイラル的に拡散され、世界中で視認されるという「デジタル-フィジカル融合型マーケティング」の可能性も提示した。これは今後のジュエリー広告戦略において重要な示唆となる。

総括

天然ダイヤモンド業界は、ラボグロウンダイヤモンドという新興勢力に直面し、従来の「希少性」「伝統」「ラグジュアリー」といった無形価値だけでは差別化が難しくなっている。今、問われているのは「その希少性をどう伝えるか」であり、単なる比較やネガティブキャンペーンではなく、感情と理性の両面から訴えるストーリーテリングの構築である。

NDCのように消費者の感情に訴えようとする試みは決して間違いではないが、そのアプローチの質が問われている。一方、AWDCのように体験型で価値を伝える方法や、ルアンダ合意による制度的な支援は、より持続可能な戦略といえる。

最終的には、天然ダイヤという素材に宿る文化的・社会的意味を丁寧に紡ぎ、ブランド固有の物語として消費者に提示することこそが、次世代の市場における競争力となるのである。消費者が真に求めているのは、「選ぶ理由」そのものであり、それを伝えるのは価格でも比較でもなく、心に届く物語なのである。

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