
近年、ダイヤモンド取引市場の透明性向上が進む一方で、依然として悪質な偽装行為が報告されている。2024年秋号『Gems & Gemology』誌にはGIAドバイで発生した事例が紹介された。
偽造インスクリプション、その手口の巧妙化
今回、GIAドバイラボに持ち込まれたのは、アップデートサービスを求めた四つのダイヤモンド。いずれもGIAの正式なグレーディングレポート番号と思わしきインスクリプション(鑑定番号のレーザー刻印)が施されていた。しかし、初見でラボの鑑定士が気付いたのは、フォントや配置の微妙な不一致。熟達した目でなければ見落としがちな偽造であった。
該当するレポート情報との比較でも、サイズやカラーグレード、インクルージョンなど主要な特徴が「きわどく」似せてはあるが、わずかな差異が識別された。さらに決定的だったのは、赤外吸収分光(FTIR)による型分類(Type)だ。元のレポート記載のダイヤはいずれもType Ia(集積窒素型)であったが、提出石は全てType IIa(窒素ほぼ不含有型)であり、明らかに“別物”であることが示された。
科学的アプローチによる真贋鑑定
GIAラボはさらに詳細なスペクトル分析を実施。
- 偽造ダイヤ1と2(ともに天然)
光ルミネッセンス(PL)分光で、HPHT(高圧高温)処理に特有の637 nmピークが優位に現れた。575:637 nmの発光比は1未満で、処理痕を示す明確な証拠となった。 - 偽造ダイヤ3と4(ともにCVD系ラボグロウン)
Vis-NIR分光で737 nmピークを確認。これはシリコン空孔(SiV–)に由来するもので、化学気相成長(CVD)合成ダイヤに典型的な特徴である。さらにPL分光(633 nm励起)やDiamondView画像でも、CVD成長特有のストリエーション(縞模様)や層構造が観察された。交差偏光下でも、成長パターンが識別された。
これら一連の科学的証拠から、
- 2石はHPHT処理済みの天然ダイヤモンド
- 2石はCVD由来のラボグロウンダイヤモンド
であり、いずれもオリジナルのレポート内容に記載された“そのものの石”ではなかったと断定された。
対策と業界への示唆
GIAはこうした偽造の発覚時、従来通りインスクリプション番号に抹消線を施し(再利用不可とする)、新たなレポート番号を再発行する運用を行っている。また、HPHT処理石には「TREATED COLOR」、ラボグロウンには「LABORATORY-GROWN」や専用ロゴによる明示的な刻印措置が取られている。

過去にも、まったくダイヤモンドでない素材(モアッサナイト等)にGIAレポート番号を偽刻印し、市場投入を試みた例が複数報告されている。外観検査だけでは判別困難なため、GIAが提供する「Match iD」デバイスのような物理的認証とデジタルレポート照合の重要性が改めて浮き彫りとなった。
ジュエリー業界の持続的信頼性のために
ラボグロウンダイヤモンドの流通が進むなか、真贋判定の高精度化、並びにダイヤ個体とレポートの一致検証(“ストーンtoレポート・マッチング”)は、卸売・小売はもとより、エンドユーザー保護の観点でも不可避課題となっている。“偽造インスクリプション問題”の再発防止は、全業界の課題であり、鑑定ラボ・商社・小売のいずれにも厳格な運用体制が求められる。現場のプロフェッショナルも、日々の業務での「インスクリプションだけでの判断がいかに危ういか」を再認識しする必要がある。
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