ラボグロウン用語の再考-CIBJOが検討開始

国際的なジュエリー業界団体であるCIBJO(世界ジュエリー連盟)が、ラボグロウンダイヤモンドの呼称をめぐって再び議論を始めた。現在CIBJOでは、「ラボラトリー・グロウン」や「ラボラトリー・クリエイテッド」といった呼称を「シンセティック(合成)」へ戻すべきかどうかが検討されている。ただし、現時点で最終決定はなされておらず、議論の行方はなお流動的だ。


■議論の発端と背景

この議題が浮上したのは、CIBJOのダイヤモンド委員会委員長ウディ・シェインタルによる特別報告書が発端だ。同報告書では、CIBJOが発行する基準書「ダイヤモンド・ブルーブック」におけるLGDの表記方針を改め、「シンセティック(合成)」という語を正式名称として採用すべきだと提言している。現行のブルーブックでは「ラボラトリー・グロウン」「合成」双方を許容しているが、シェインタルは「ラボラトリーという言葉は、科学的施設で育てられた印象を与え、一般消費者にとっては過度に“ナチュラル”な響きを持つ」と主張した。一方でこれは「ラボグロウン」という言葉が不正確だということではない。CIBJO内部では、ラボラトリー・グロウンも科学的に正しい呼称として認めつつ、伝統的に“合成”という語を使い続けてきた同団体の立場を維持しようとする動きが強い。つまり、CIBJOは「より厳密な定義への回帰」という建前のもと、長年の規範と一貫性を保つために「合成」への再変更を検討している。

この提案は、10月にパリで開かれたCIBJO年次総会で論じられた。開催国の業界団体UFBJOPの会長であるベルナデット・ピネ=クォは、「ラボラトリーという語の妥当性を再考すべきであり、天然と人工の間に明確な線引きを設けることが業界の信頼性を高める」と述べ、CIBJO側の提案を支持した。フランスではすでに、法的に「合成」以外の呼称が認められていないため、同国の立場としても整合的な発言だ。

しかし、CIBJO会長のガエタノ・カヴァリエリは、「まだ何も決定していない」と述べる。同氏によれば、CIBJOの正式な決定には複数の委員会での審議と理事会での承認を経る必要があり、最終決定までには少なくとも1年ほどかかる可能性があるという。

「我々の目的は単に用語を統一することではなく、消費者の信頼を守ることにある」とし、「合成という言葉を“本物と偽物の線引き”としてではなく、異なる製品カテゴリーを示すための技術的用語として理解してほしい」と述べている。


■用語変更がもたらすリスクと懸念

CIBJOの議論が進むにつれ、業界関係者の間では懸念の声も広がっている。もし「合成」という呼称が再び採用されれば、商品表示、鑑定書、流通契約、輸出入書類、広告・マーケティング資料に至るまで、数多くの文書や表示基準を改訂する必要が生じる。とりわけ「ラボグロウン」という呼称が市場に広く浸透し、ようやく消費者から前向きに受け止められるようになった現状を考えると、再び「合成」という語に戻すことは混乱と後退を招く可能性がある。

ラボグロウン業界側は、「合成」という語が過去に“模造品”や“偽物”と結びついてきたことを指摘し、イメージの逆行を強く警戒している。一方、天然ダイヤモンド業界の一部からは、「科学的に正確な用語で区別を明確にすべきだ」との声が根強く、CIBJOはこの対立する立場の調整に苦慮している。


■FTCの判断と国際的潮流

今回の動きが注目を集める背景には、アメリカ連邦取引委員会(FTC)による2018年のガイドライン改定がある。FTCは同年、宝飾品ガイドラインを見直し、「シンセティック(合成)」という語を推奨用語から削除した。その理由として、「消費者の多くが“シンセティック(合成)”という言葉をキュービックジルコニアなどの模造石と混同し、ダイヤモンドの本質的な性質を欠くものと誤解している」と指摘した。代わりに「ラボグロウン」「ラボクリエイテッド」などの表現を、適切な説明とともに用いることを認めた。この決定以降、アメリカ市場では「ラボグロウン」が標準的な呼称として定着し、ラボグロウン業界にとって追い風となった。FTCの判断は消費者理解と実務的透明性を重視する姿勢を示した点で画期的だった。

それに対し、CIBJOや欧州の一部団体は、「科学的定義こそが業界の信頼の根幹である」との立場を維持しており、両者の価値観には明確な差がある。ヨーロッパが“厳密な分類”を重んじる一方、アメリカは“消費者が誤解しない表現”を優先する。この対比が、今回の議論をより複雑なものにしている。


■日本市場への影響と展望

日本においても、「ラボグロウン」という言葉はすでに広く浸透している。柔らかく現代的な印象を持ち、倫理的・環境的意識の高い若年層を中心に受け入れられている。そのため、国際的な呼称が再び変更されれば、販売現場での説明、鑑定書の文言、海外との取引書類など、実務上の調整が必要となる。特に輸出入や鑑定機関の分野では、CIBJOの最終決定に備えた準備が不可欠となるだろう。

一方で、この議論は単なる「言葉の選択」ではなく、ジュエリー業界がどのように透明性と信頼を両立させるかという根本的な課題を映し出している。ラボグロウン・ダイヤモンドは、天然ダイヤモンドと物理的・化学的特性は同一でありながら、生成過程や流通構造がまったく異なる。ゆえに、「どの言葉が正しいか」よりも、「どのように説明すれば消費者が正しく理解できるか」が重要よりだ。

ラボグロウンも、合成も、どちらも科学的には間違った用語ではない。問題は「どの言葉が市場と消費者にとって信頼を生むか」だろう。CIBJOが“合成”という語にこだわるのは、科学的厳密性と伝統的な枠組みを守るためだが、その堅さが今後のグローバル市場の感覚と合致するかどうかは未知数だ。「ラボグロウン」という言葉が築いてきた信頼とポジティブな印象を損なうことなく、業界全体がより透明で誠実な情報提供を行えるか。そのバランスの行方が、これから1年をかけて試されることになる。

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