2025年の中国ジュエリー消費市場は、数量の拡大ではなく「購買の論理」が明確に組み替えられた一年だった。景況感の弱さが続く中、消費者は衝動的なラグジュアリー消費から距離を取り、「なぜそれを買うのか」「その価格に納得できるか」という合理性を重視する姿勢を強めた。その結果、同じ宝飾品であっても、素材ごとに選ばれ方が大きく異なる市場構造が浮かび上がった。
ゴールドは「資産性と文化性」、天然ダイヤモンドは「希少性と物語性」、ラボグロウンダイヤモンドは「価格アクセシビリティとファッション性」という、それぞれ異なる購買理由が前面に出ている。2025年は、中国市場がジュエリーを『横並びの商品』としてではなく、『異なる価値設計を持つカテゴリー群』として選別し始めた年であった。

ゴールドは『高すぎて売れない』のに、『だからこそ選ばれる』 – 量販モデルの限界と、高付加価値24金の台頭
2025年の中国ゴールド市場は、重量ベースでは宝飾需要が伸び悩む一方、投資用途が堅調という二重構造を示した。世界金協会が指摘する通り、価格高騰は購買数量を抑制したが、同時に「金を持つ意味」を消費者に再考させる契機にもなった。
この環境下で影響を受けたのが、店舗網と回転率を武器としてきた大手チェーンだ。周大福、六福珠宝、周生生といった香港系・中国系大手は、中国本土において既存店の整理や出店戦略の見直しを進め、量を追うモデルから収益重視への転換を余儀なくされた。特に金価格が高止まりする局面では、相場連動型の低付加価値商品ほど利益構造が脆弱になることが明確になった。
一方で、同じ金でも逆の動きを示したのが「老铺黄金」だ。老铺黄金は、24金を中心に、伝統工芸・意匠性・限定性を強く打ち出し、一般的なグラム単価連動とは異なる価格設計を行っている。店舗数を絞り込み、「高いが、理由が説明できる金」という立ち位置を確立したことで、景気減速局面においても存在感を高めた。この動きは、中国においてゴールドが「価格商品」から「文化商品」へと再定義されつつあることを象徴している。
天然ダイヤモンドは「中国減速」が構造問題として固定化 – 小売は金へシフト、供給側は物語への再投資を迫られる
天然ダイヤモンドは、2025年も中国需要の弱さから完全には脱却できなかった。中国本土最大級の宝飾小売である周大福においても、金商品へのシフトが進み、ダイヤモンドを含む宝石カテゴリーは相対的に存在感を落としている。
この状況は小売だけでなく、供給側にも波及している。鉱山会社や業界団体は、単に「希少である」という主張だけでは中国市場で響かなくなった現実を受け止め、産地、トレーサビリティ、社会的意義といった要素を含むストーリーテリングへの再投資を強めている。天然ダイヤモンドは本来、物語性を内包する素材であるが、それを「説明しなくても伝わる時代」は終わったという認識が、2025年に明確化した。
ラボグロウンダイヤモンドは「普及」から「再定義」へ – 価格下落がもたらしたファッション化の加速
ラボグロウンダイヤモンドは、中国において生産面・流通面ともに存在感が大きいが、2025年は価格下落の影響がよりはっきりと市場に表れた。卸価格の大幅な下落は、消費者にとっては手に取りやすさを意味する一方で、「資産的な宝飾」という位置づけを弱める結果にもなった。
中国市場では、ラボグロウンはブライダルの中核素材というよりも、サイズ感やデザイン性を重視したファッションジュエリーとして受容される傾向が強まっている。2025年は、ラボグロウンが「何の代替か」ではなく、「何として売るのか」を明確にしなければならない段階に入った年だっただろう。
欧米ブランドは「売場」ではなく「目的地」をつくる – 上海のルイ・ヴィトン旗艦店が示す戦略転換
欧米ラグジュアリーブランドの中国戦略は、2025年に明確な質的転換を見せた。その象徴が、ルイ・ヴィトンによる上海の超大型旗艦拠点だ。この拠点は、単なる物販店舗ではなく、展示、文化体験、カフェ機能を統合した『来訪そのものが目的化された空間』として設計されている。
この戦略の背景には、中国の消費者が「商品を買う場所」よりも、「ブランドの世界観を体験する場所」を求めている現実がある。上海という国際都市において、ルイ・ヴィトンは販売効率よりも、ブランドの象徴性と発信力を優先した。来店者の多くが即時購入を目的としなくても、SNSや口コミを通じて体験が拡散されることで、結果的にブランド価値が強化される構造を狙っている。
これは短期的な売上最大化ではなく、中国市場における「長期的な記憶の占有」を目指す投資だ。実際、同じ欧米勢でも、固定費の高い拠点から撤退し、よりコスト負担の低い方向へ舵を切るブランドも存在する。2025年は、「体験型なら成功する」という単純な話ではなく、「どの規模・どの都市で、どの役割を持たせるか」が厳しく選別された年であった。
中国アウトバウンド回復と、日本インバウンド消費をどう接続するか
2025年の中国市場の変化は、日本企業にとって二つの重要な示唆を含んでいる。一つはアウトバウンド、すなわち中国市場でどう戦うかであり、もう一つはインバウンド、すなわち中国消費者を日本国内でどう迎え入れるかだ。
アウトバウンドの観点では、日本ブランドは「品質の高さ」だけでは差別化にならない局面に入っている。真珠やハイジュエリーといった分野で優位性を持つ企業であっても、その価値を中国の文化文脈や生活シーンに翻訳しなければ選ばれにくい。2025年以降の中国市場では、短い言葉で語れる物語、SNSで共有しやすい象徴性、そして価格への納得感が不可欠だ。
日本ブランドは、中国市場で「クオリティ」に強みがある。だが今後の中国で必要なのは、強みを「短い言葉と場づくり」に落とし込む編集力だろう。ミキモトは北京で新ブティックを開いたと報じられ、中国の一等地でブランド体験を整える動きが見える。タサキも公式の店舗検索情報から、中国主要都市(北京、上海、深圳など)を含む広い展開を継続していることが確認でき、ローカルの消費導線に合わせた拠点配置をとっている。
ここでの論点は「日本ブランドが中国で伸びるか」ではない。「何で伸びるか」だ。2025年の中国は、金なら文化性と納得、天然ダイヤモンドなら由来とストーリー、ラボグロウンならファッションとしての即時性が強い。日本ブランドは、真珠やハイジュエリーの正統性を持つ分、天然系の『説明力』に乗せやすい一方、価格高の局面では金の提案力や、SNS上での『短い共感』づくりが勝敗を分ける。品質で勝っても、伝え方で負けると総合力で劣る、中国市場はその現実を容赦なく見せる。
一方、インバウンドの観点では、中国国内で「高いが理由がある商品」に慣れた消費者が、日本においても同様の視点で買い物を行う可能性が高まっている。円安環境下での価格メリットだけに頼るのではなく、「日本で買う意味」「日本でしか体験できない背景」をどう提示するかが重要になる。特にゴールドやダイヤモンドにおいては、製造背景、職人性、アフターサービスといった無形価値が購買を左右するだろう。
中国市場は、素材を選ぶ市場から「理由を選ぶ市場」へ
2025年の中国ジュエリー市場は、ゴールド、天然ダイヤモンド、ラボグロウンダイヤモンドが、それぞれ異なる購買理由によって選別される段階に入った。周大福や六福珠宝が構造転換を迫られる一方、老铺黄金のように明確な価値設計で伸びる例も現れている。欧米ブランドは上海を起点に体験型投資を進め、中国ローカル勢は文化資本で存在感を強めている。
日本企業にとって重要なのは、「中国で売るか、日本で売るか」という二択ではない。中国市場で形成された消費者の価値観を理解し、それをアウトバウンドとインバウンドの双方にどう接続するかだ。2026年に向けて、中国に対してジュエリーを売るという行為は、素材を売ることではなく、「買う理由を設計して提供すること」に他ならない。



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