
2025年11月、米国を中心とする15のダイヤモンド・宝飾関連団体が連名で、GIAのプリティッシュ・パテルCEOに書簡を送付した。要請内容は、GIAの鑑定・グレーディング料金に「グレードと連動した追加徴収制度」を設け、その資金をナチュラル・ダイヤモンド・カウンシル(NDC)の天然ダイヤモンド消費者マーケティングに充当するというものであった。
この書簡はDMIAが主導し、CIBJO、AWDC、GJEPC、WDCなど、国際的に影響力を持つ14団体が名を連ねた。提案では、カラット重量などに応じた「適度な」上乗せ料金を設定し、年間を通じて安定的なマーケティング原資を生み出す仕組みが描かれていた。
提案書では、この仕組みを「公平で透明、かつ拡張可能なパートナーシップ」と表現し、「橋の通行料」になぞらえている。また、インドにおいて小額の業界徴収金がプロモーション目的で機能している点を挙げ、すでに実証されたモデルであるとも主張した。
しかしGIAの回答は明確で、結論は「拒否」であった。
JCKなど複数の業界メディアによると、GIAの広報担当スティーブン・モリソー氏は、「GIAは非営利組織であり、その法的立場が本提案への関与を許さない」と説明した。GIAは今後もNDCと協力関係を維持するものの、その支援はあくまで消費者保護と宝石教育というGIA本来の使命に合致する範囲に限定されるとした。
DMIA会長のスチュアート・サミュエルズ氏もこの点を認め、「マーケティング資金は他の財源から確保せざるを得ない」と述べている。一方で同氏は、「天然ダイヤモンドに関する多くの教育的取り組みはGIAの職責範囲に含まれる」とも付け加え、教育とマーケティングの境界線をめぐる議論が業界内で続いていることを示唆した。
拒否の背景にある集団的不安
この一件が注目に値するのは、単なる制度設計の是非を超え、天然ダイヤモンド業界全体が抱える構造的な焦燥を映し出している点にある。
現在、天然ダイヤモンドは複数の逆風に直面している。ラボグロウンダイヤモンドの急速な普及、Z世代を中心とする若年層の価値観の変化、そして「天然」や「希少性」に対する認識の相対化である。彼らは必ずしも従来型のストーリーや権威に価値を見出さず、価格合理性や環境配慮、選択の自由を重視する傾向が強い。
この環境下で、天然ダイヤモンド業界が「なぜ天然を選ぶべきなのか」という物語を改めて語り直す必要性を痛感しているのは事実だ。問題は、そのコストを誰が負担するのか、という一点に集約される。
GIAが越えてはならない一線
今回の提案の論理は明快だ。GIAのグレーディングを受けた天然ダイヤモンドは、市場において信頼と価値を獲得する。その恩恵を受ける業界全体が、マーケティング費用を広く薄く負担するのは合理的ではないか、という考え方である。
しかしGIAにとって、これは受け入れがたい一線であった。GIAの存在意義は、業界から独立した立場で消費者を守り、宝石に関する客観的知識を提供する点にある。グレーディングサービスと連動してマーケティング資金を徴収することは、GIAを事実上「業界の資金調達装置」と位置づけかねず、その中立性に疑念を生じさせる。
教育とプロモーションの違いは微妙だが決定的だ。4Cの説明や天然・ラボグロウンダイヤモンドの違いを解説することは教育である。しかし、「なぜラボグロウンではなく天然を選ぶべきか」を説得する行為は、明確にマーケティングであり、GIAが踏み込むべき領域ではない。GIAの拒否は、その境界線を改めて可視化したものと言える。
問われる業界の自律性
GIAの判断によって、課題は業界側に突き返された。天然ダイヤモンドのマーケティングは必要だが、それを第三者的機関の独立性を損なう形で賄うことはできない。今後考え得る選択肢としては、採掘企業を起点とした上流主導の資金プール、サプライチェーン全体による自主的拠出、あるいは小売段階での教育プログラム強化などが挙げられる。
いずれにせよ、時間的猶予は大きくない。市場環境が急速に変化する中で、天然ダイヤモンドの価値をどう語るのかについて業界が足並みを揃えられなければ、その伝統や品質が将来にわたって自動的に評価される保証はない。
今回のGIAの「拒否」は、天然ダイヤモンド業界に対し、マーケティングの必要性そのものではなく、「誰が、どの立場で、どのように語るのか」という、より根源的な問いを突き付けた出来事であった。



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