ダイヤモンドそのものを分析し、それがどこで採掘されたかを特定することは可能だろうか?
迅速かつ非破壊的な方法によってダイヤモンドの地理的起源が特定できるとしたら、それは理想的な方法だ。基本的に、特定の一部の宝石に対しては原産地の特定は可能だが、ダイヤモンドの場合はかなり難しいのが現状だ。
以下は、GIAのGems & Gemologyに2022年秋に掲載された「ダイヤモンドの地理的起源を確立する方法と課題」の要点をまとめたものだ。
宝石の形成された(成長した)場所が異なれば、それぞれわずかでも異なる特徴を持つだろうと考えるのは合理的な想像だ。その差異には、さまざまな種類のインクルージョン、成長パターン、分光分析による特徴、また微量元素による化学変化(化学指紋と言われる微量の不純物)が含まれると考えられる。微量元素はルビーやサファイアの起源を判断するための強力な材料となる可能性がある。ルビー、サファイア、エメラルドなどの宝石に含まれる多くの微量元素(不純物)は1ppmを超え、多くの場合数十から数百ppmにまで達する。
1ppmがどのくらいの濃度か例えるなら、バケツ1杯の水に1滴の不純物を垂らすようなものだ。これはごく微量に思えるかもしれないが、この範囲の濃度の不純物は世界中の宝石研究所(宝石鑑別機関)で使用されている最新の機器で簡単に測定可能だ。最もよく使用される2つの技術はLA-ICP-MS (レーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析法) と LIBS (レーザー誘起破壊分光法) だ。
しかし一方で、ほとんどのダイヤモンドの場合、微量元素の濃度がはるかに低いため、測定が非常に困難だ。ダイヤモンドが比較的高い純度をもつ主な理由は、ダイヤモンドが密集して強く結合した炭素原子で構成されており、結晶が成長するにつれて他の元素を排除する傾向があるためだ。ダイヤモンドの微量元素の濃度は10億分の1(一般的なスイミングプールの水に対して1滴の不純物)から1兆分の1(オリンピックサイズプール20個分の水に対して1滴の不純物)の範囲になる。
より専門的で高度な技術を使用することにより、ダイヤモンド中の超低微量元素濃度を測定することが可能だ。最も期待できる技術は、LA-ICP-MSのオフラインバージョンを改良したものだ。しかし、この技術の利用には時間がかかり、また非常に高価な上、被験対象にダメージを与える可能性がある。1回の分析に数日の時間を要し、コストは数千ドルに及ぶ。場合によっては数ミリ程度のダイヤモンド表面の破壊検査が必要になる。通常のLIBSやLA-ICP-MSでの分析に要する時間は数秒から数分ほどで、コストは数ドルから数セントしかかからない。しかし分析結果は非常に小さく、肉眼ではほとんど見ることができない。このような理由のため、これまで宝石品質のダイヤモンドに対して高度な微量元素分析が行われたのは100件未満だ。またその結果は複雑性を持っていたが、異なる鉱床から採掘されたダイヤモンドの間には驚くべき類似性が見られた。これは微量元素の分析がダイヤモンドの原産地を特定することに役立たない可能性が高いことを意味している。
ダイヤモンド中の微量元素を測定するという分析上の課題は、確かにダイヤモンドの起源を追求する上で大きな障壁だが、それが最後のハードルではない。たとえ将来的に技術の進歩によって分析がより簡単かつ安価になったとしても、地球内でダイヤモンドが形成される方法にも同様の課題がある。ダイヤモンドが成長する地質学的プロセスと成分は、世界中地域に関わらずで酷似している。もちろん、個々の鉱山に関連していると思われる、珍しくて例外的なダイヤモンドも存在する。また、異なる鉱山からの大きな区画を調べて比較すれば、それらの平均特性は異なる可能性がある。しかし個々に、そして一般的に、ダイヤモンドの大部分は、産地に関係なく同様の地質学的特徴を持っている。
天然ダイヤモンドのほとんどは、地表から150~200km深く、大陸の最も古く厚い部分、カンラン岩やエクロジャイトと呼ばれるマントル岩の内部で形成されている。地中でダイヤモンドが成長するにつれて、これらのマントル岩の一部がダイヤモンドの内部に取り込まれることがある。世界中のほとんどのダイヤモンド鉱床で同じ種類の鉱物インクルージョンを見ることができるが、これは同じカンラン岩やエクロジャイト岩でダイヤモンドが成長したことを示している。ダイヤモンド鉱床の地質が鉱山間でどれほど類似しているかについて認識すると、微量元素に類似点や重複が観察されることは、地質学者にとっては驚くべきことではない。
地球内部のマントルは世界中で非常に似通っているが、地球の表面に近い大陸地殻内の岩石には大きなばらつきがある。ルビーやエメラルドなどの宝石(色石)は、より多様性のある地質条件下の地殻内で形成される。それによってこれらの宝石(色石)の形成条件は、異なる鉱床間で明確かつ系統的に異なる特徴を持つ可能性が高くなる。これらの鉱物は通常、ダイヤモンドよりもはるかに高濃度の微量元素を含むという事実を加味すると、色石は、微量元素、インクルージョン、その他の地理的な個々の特徴を持つ可能性が高い。(絶対ではない)
地理的起源を決定するために満たすべき3つの基本要件について考察する。
- 最初に、異なる起源間(異なる生産地)で異なる特徴を持つ必要がある。微量元素分析はダイヤモンドの起源判別にとって最も有望と見なされているが、既存のデータは微量元素がこの最初の要件を満たしてない可能性を示唆してる。まず既知の産地毎のダイヤモンドから何千もの測定データを収集し、高度な統計を実行しなくてはダイヤモンドの微量元素分析がこの要件を満たすかどうかを結論づけることは難しい。
- 第2に、前述したように、第1の要件が満たされており、かつ新規の検体を調べるためのベースとするための比較用の大規模な地域別特性データベースが必要になる。現在、ダイヤモンド中の超低濃度微量元素を測定するには特殊な分析技術が必要であり、また研究者が大規模なデータベースを構築するには時間がかかりすぎ、またコストが高く、被験石を破壊する必要があるという問題がある。また、各鉱山からの代表的なダイヤモンドのサンプルを集めるには、自然の変動の特徴を忠実に捉えるため、各産地から数千のサンプルを分析する必要があることになるため、これは別の障壁になる。
- 第3に、この(ダイヤモンド自体から原産地を特定するという)サービスを宝石研究所(宝石鑑別機関)が提供可能にするためには、これらの識別特性を日常的かつ商業的に測定することが求められる。たとえ微量元素分析が前述の2つの要件を満たし、仮に起源の特定が技術的には可能になったとしても、この非常にテクニカルな検査を日常的なサービスとして提供するのは現実的ではない。
これら3つの要件を満たすには、技術革新と大量データ収集の組み合わせが必要だが、これが成功する保証はない。これは、特にダイヤモンド産地の分析が地質学的要因によって本質的に限界がある可能性があることを考慮すると、これに取り組むための専門知識とリソースを持っている組織やグループがほとんどない記念碑的な研究事業となる。
要約すると、ランダムな個々のダイヤモンドの原産地をそれぞれ特定できるような科学的に確固たる研究は存在していない。現状では残念ながら、研究機関で分析によって個々のダイヤモンドの原産地を特定するという理想的な目標は実現できていない。現在および近い将来においてダイヤモンドの産地を確定する唯一の決定的な方法は、採掘時からのダイヤモンドの原産国、原産鉱山の情報を間違いなく記録し保持することにかかっている。
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