
世界ジュエリー連盟(CIBJO)が、「ラボグロウンダイヤモンド(Laboratory-Grown Diamond)」および「ラボクリエイテッドダイヤモンド(Laboratory-Created Diamond)」という呼称の見直しを検討している。天然ダイヤモンド市場の保護を目的とするこの動きは、業界の基準を定めるCIBJOの立場を鑑みれば理解できる側面もあるが、その手法が真に消費者の利益と市場の透明性向上に繋がるのか、冷静な検証が求められる。
この提案は、2025年10月にパリで開催されるCIBJO総会で、ダイヤモンドブルーブックおよび関連ISO規格の改訂案として正式に議題に上る予定だ。CIBJOは宝飾業界における倫理や基準の調和を目指す国際組織であり、その決定は世界市場に大きな影響を及ぼす可能性がある。
提言の背景と論理
CIBJOダイヤモンド委員会のウディ・シェインタール会長は、「天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンド(ラボグロウンダイヤモンド)の境界をより明確に再確立することが、消費者の信頼回復に不可欠だ」と述べ、天然市場が直面する需要減や価格下落といった厳しい現状への危機感を滲ませる。また、「『育てられた(grown)』という言葉は工業製品である実態を反映しておらず、より正確な表現にすべきだ」とも主張している。
過去の経緯と新たな矛盾の可能性
しかし、この提言は、かつてCIBJO自身が解決しようとした課題に立ち返る可能性を内包している。そもそも「ラボグロウン」という呼称が承認されたのは、より大きな混乱を避けるためであった。当時、「合成(Synthetic)」という用語は、ダイヤモンドとは全く異なる「類似石(Simulant)」、例えばキュービックジルコニアなどと消費者に混同される危険性が指摘されていた。物理的・化学的に天然と同一の特性を持つラボグロウンダイヤモンドを、そもそもダイヤモンドとは物質的に異なる模造品と明確に区別し、その出自を正しく伝える上で、「ラボグロウン」は有効な呼称として機能してきた。
今回の見直しは、この「合成」と「類似石」の区別を再び曖昧にしかねない。言葉の厳密性を追求するあまり、消費者が一度は乗り越えた混乱に再び直面するリスクを考慮する必要があるだろう。市場に既に浸透し、一定の役割を果たしている用語体系を覆すことは、CIBJOが目指す「透明性」とは逆行する結果を招く懸念も否定できない。
問われるべきは情報開示の「質」
さらに、この提案が業界全体の総意とは言えない点も看過できない。「4Cグレーディングシステムのラボグロウンダイヤモンドへの使用制限」についてGIAが推進する一方で、IGIなど他の主要鑑定機関は従来通りグレーディングを継続する方針を示しており、業界内での見解は分かれている。
シェインタール会長は「より透明で責任ある未来へ」と語るが、その実現のために最も重要なのは、呼称という「言葉」の変更だろうか。むしろ、天然であれラボグロウンであれ、それぞれの製品が持つ背景、製造プロセス、そして価値に関する情報を、いかに正確かつ包括的に消費者へ提供するかという「情報開示の枠組み」そのものを議論することこそが本質的ではないだろうか。
CIBJOの問題提起は、ダイヤモンド業界が直面する構造的課題を浮き彫りにした点で重要である。だが、その解決策が特定の呼称の是非を巡る議論に終始するならば、長期的な市場の健全性や消費者の信頼構築という本来の目的を見失うことになりかねない。業界全体で、より建設的かつ包括的な議論が深まることが期待される。
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