ダイヤモンド業界の著名なアナリストであるエダン・ゴランは2022年10月30日、「ラボグロウンダイヤモンドの矛盾(The Lab-Grown Diamond Contradiction)」と題した記事を公開した。
彼はラボグロウンダイヤモンドを「生きた矛盾」と表現し、そのポイントを「需要が上昇しているのに価格が減少している」「米国市場で流行しているが、その他の市場では発展が遅い」「技術主導型の製品であるにも関わらず、伝統的な天然ダイヤモンドの(流通上の)欠点を積極的に採用した」と説明した。
ポジションの矛盾
エダン・ゴランは「驚くべき矛盾」として、基本的なポジショニングを指摘した。ラボグロウンダイヤモンドはディスラプション(破壊的イノベーション)を唱え伝統的な天然ダイヤモンド業界を批判しながら、天然ダイヤモンドの価値に固執していると述べる。
天然ダイヤモンドの価値はそれが「天然」であることで、地球が育んだ古代の創造物が永遠に輝き続けることにある。一方で、ラボグロウンダイヤモンドが「2つは同じものだが、片方はラボで作られている」というのはマーケティング上の矛盾があると彼は指摘する。
天然ダイヤモンドの価値は高級品であること、すなわち高価であることによって強化されているが、ラボグロウンダイヤモンドは「低価格」であることを強調しており、これは長期的なマーケティングにはならないとエダン・ゴランは分析している。
彼の視点によると、ラボグロウンダイヤモンドには独自のストーリー、新しく、本物で、ユニークで、そして独立したストーリーが必要だという。重要なのは否定的な説明がなく、時代と人々と商品に合致したストーリーだという。
エダン・ゴランは、ラボグロウンダイヤモンド産業を攻撃することを意図しておらず、成功する可能性があると話す。そのために、天然ダイヤモンドと同じ魅力に執着する誘惑を振り払い、独自の価値を構築することで矛盾を解消するべきだと述べた。
一方で、ラボグロウンダイヤモンドが天然ダイヤモンドの価値に依存しているのは事実だ。類似石であるモアサナイトやキュービックジルコニアの価値も、ダイヤモンドに見た目が近いことだということを否定できない。まして、物質的・化学的に天然ダイヤモンドと同一のラボグロウンダイヤモンドがその「同一性」と「価格差」をマーケティングに使用することは現時点では合理的に見える。しかし今後ラボグロウンダイヤモンドが天然ダイヤモンドから切り離され独自のマーケットを築く可能性は十分あり、またそうなる必要があるだろう。
価格の矛盾
ポリッシュラボグロウンダイヤモンドの価格は下がり続けている。これは卸価格だけではなく、ラボグロウンダイヤモンドの原石コストから小売価格まで全体だ。エダン・ゴランの調査によると、ポリッシュラボグロウンダイヤモンドの卸価格は2022年の第3四半期に6~37%下落しているという。(グレードによって下落幅が異なる)
特に卸売市場では、サイズの大きいダイヤモンドの価格の下落幅が大きく、ラウンドの1ctは平均21.8%、2ctでは平均33%近く下落しているという。
この大幅な価格低下には多くの要因があるが、その一つは技術発展だ。より大きなサイズのラボグロウンダイヤモンドの生産が以前より容易になり、普及している。それにより大きなサイズのラボグロウンダイヤモンドは、かつて小さいサイズが辿ったコストと価格の軌跡を辿っているとエダン・ゴランは指摘する。希少性の低下により、価格を下げる圧力が高まっているということだ。
2022年の第3四半期には2ctのラボグロウンダイヤモンドの売上が2倍になり、消費者はより大きなダイヤモンドを購入したいと考えていることがわかる。大きなサイズの商品は最初は比較的高い価格で市場に投入されるが、時間が経つにつれてより一般的になり、価格は低下する。
これは、消費者が同じ予算でより大きいダイヤモンドを求めるためだとエダン・ゴランは分析している。小売業者は、消費者の価格への要望に敏感でそれに対応しようとするため、上流への価格圧力が発生する。
小さいサイズほど価格が強い
2022年第3四半期中、特に0.5ct以下の小さいサイズでは大きく価格が下落しなかった。この理由の一つの可能性として、このサイズカテゴリーの天然ダイヤモンドが不足しているためだとエダン・ゴランは分析している。このサイズの天然ダイヤモンドの主な生産者であるロシアのアルロサに対する米国の制裁が影響しているとエダン・ゴランは述べているが、実際にアルロサに対する制裁が世界の天然ダイヤモンドの供給にどれほど影響を与えているのかは定かではない。(多くの場合、第三国の加工拠点を経由して供給されるため)
また、サイズが大きくなるほどダイヤモンドの価格が下がっているように見えるのは、天然ダイヤモンドとラボグロウンダイヤモンドの価格構造の違いを理解する必要がある。天然ダイヤモンドの価格構造は「希少性」がベースになっている。天然ダイヤモンドはサイズが大きくなるほど希少性が増し、それに伴って価格は指数関数的に上昇する。一方ラボグロウンダイヤモンドの価格は「コスト」をベースにしている。サイズが大きいラボグロウンダイヤモンドを成長させるためには相応の技術が必要になるとはいえ、コストの上昇は直線的だ。またCVDに関して言えば、研磨済で0.5ctと1.0ctのダイヤモンドを得る原石を成長させるために必要な時間は1.3〜1.4倍ほどだ。
天然とラボの価格差の拡大
天然ダイヤモンドの価格は2022年に上昇し、その後下降傾向にある。天然ダイヤモンドの価格が下降しているにも関わらず、天然ダイヤモンドとラボグロウンダイヤモンドの価格差は広がっている。
2020年1月に、米国市場での1ctの天然ダイヤモンドとラボグロウンダイヤモンドの価格差は平均で51%だったが、2022年9月の価格差は76%だったとエダン・ゴランは報告した。2年ほどで卸売価格の差が倍になったことになる。
また、エダン・ゴランは正確な分析のために小売価格ではなくコストを比較していると補足した。
エダン・ゴランは1ctの価格差を引き合いに出したが、他のアナリストの調査によると0.5ctでは55%、2ctsでは80%、3ctsでは83%となっており、サイズが大きくなるほどに価格差は拡大している。
マージンの矛盾
消費者の需要以外で、ラボグロウンダイヤモンド市場で上昇しているのは小売店のマージンだと、エダン・ゴランは指摘する。小売業者はラボグロウンダイヤモンドの小売価格を引き下げているが、コストの低下スピードよりは緩やかだという。小売業者はサプライヤーに価格引き下げの圧力をかけているが、消費者にそれを還元するのはそれほど迅速ではない。エダン・ゴランの市場調査分析によると、マージンは前年比で4.2%増加しているという。
メモ取引の不合理
メモ取引(一定の在庫を委託して消化仕入すること)は、天然ダイヤモンド業界では市場シェアを獲得するための一般的な方法だ。ダイヤモンド業界の資金状況が良い場合、メモは低コストで実行でき、支払いの遅延に関しては手数料を請求することにより利益が確保できる。しかし現在では資金状況が悪化しており、天然ダイヤモンドのメモ取引は減少している。
一方、ラボグロウンダイヤモンドでは小売店へのメモ取引の比率が上がっており、現在では取引の50%に近づきつつあるとエダン・ゴランは指摘している。この調査が正確かどうかは評価が難しいが、ラボグロウンダイヤモンドの価格推移が比較的大きい現在において小売店が多くの在庫を持つのは難しく、サプライヤーにメモ取引を要求しているのはある程度合理性があるとは考えられる。
ラボグロウンダイヤモンド原石の価格低下
最近では、ラボグロウンダイヤモンド原石の価格も下落している。この主な要因を、エダン・ゴランは、(需要の低下や生産コストの低下ではなく)生産者が価格を下げることで製造業者にアピールしている結果だと分析する。
数ヶ月前、一つのラボグロウンダイヤモンド生産者が原石の価格を大幅に引き下げ、それは他の生産者への価格引き下げの圧力となった。結果、市場全体の価格の引き下げにつながったとエダン・ゴランは述べ、その生産者に関しては名前を明かさなかった。また、同氏は一度下げられた原石の価格が回復することはないだろうとし、この動きがポリッシュダイヤモンドの価格のさらなる引き下げにつながると分析している。
まとめ
エダン・ゴランによると、世界的なラボグロウンダイヤモンド業界が直面している問題は、ポジショニングの不適切さと価格の低下だという。そして、ラボグロウンダイヤモンド独自のストーリーが作れなければ、永遠に天然ダイヤモンドに依存することになり、矛盾を解消することができないと述べた。
また価格の下落については、在庫の価値が変動することから問題になり得ると指摘している。
エダン・ゴランの考え方が全て正しいとは言えないまでも、この分析はラボグロウンダイヤモンド業界の今後を考える上での材料になるだろう。しかし業界では生産者、加工業者、卸業者やメーカー、小売業者によって異なった視点が存在し、また異なったビジネスの手法を持つ。それが複雑に絡み合い、市場を形成している。
ラボグロウンダイヤモンドの市場はまだ発展の初期段階にあり、紆余曲折はあるが必ず希望を持てる方向に向かって進んでいく。市場のプレイヤーにとって必要なことは、このような状況の変化に応じて調整しながら、正しい方向に向かって期待し努力することだろう。
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